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ショウキさん

これは私が変なバーで働いていた時の話である。
変なバーと言っても別段怪しい店ではなくて、大雑把に言えばコンカフェに近い形態なんだと思う。
自分たちより10くらい歳上の女店長と、5〜6人のキャストが在籍しており、半分は男の子だった。
店長は宮崎あおい似のなかなか気が強い人で、常連客のほとんどは店長に弱かった。
余談だが、自分の経験上宮崎あおいとかYUKIに似た雰囲気の顔の女は高確率で気が強い。

私がショウキさんに初めて会ったのは、入店して間もない頃だった。
彼は店長目当ての客で、明るい髪色やちょっと擦れたようなファッションで若く見えるが、おそらくは店長より少し上くらいの年齢かな、という風貌だ。
常連の中でも羽振りの良い方で、店長がいる日もいない日も関係なく週2回とか、多い時はもっと顔を出す客だったが、仕事が忙しいということでしばらく見ない時もあった。
店長の誕生日には30万のバッグをねだられたのでプレゼントする約束をした、と何度も話していた。
やや愚痴や自慢話が多くて、聞こえよがしに他の客の悪口を言ってトラブルを起こした事もあったが、キャストに対する人当たりは良いし特別悪い人ではないと思っていた。
店長のバースデーイベントを間近に控えたある日、店にやってきたショウキさんは店長の顔を見るなり、ゴメン!!としょげた顔で謝った。
例のバッグを購入後、イベントの日まで家で保管しておくつもりだったのを空き巣に入られて盗まれた、と言うのだ。
他にも時計やら何やら、高価な物をいろいろ盗られ、警察も呼んでずいぶん大変だったらしい。
店長はそれを聞いて、ふうん、という冷めた感じだったので、余計に気の毒に思った私はショウキさんを必死で慰めた。
彼はその後しばらくは店に来ず、バースデーイベントさえも事件の後処理で忙しいということで顔を出すことはなかった。
久しぶりに店に来たショウキさんは、強盗の件もあったのでタワーマンションの高層階に引っ越しをしたらしい。
市内の大きな川の側のマンションで、今年の花火大会は部屋から間近で観ることができて良かった、写真もたくさん撮った、とのことだった。
その日の閉店後にキャストのYくんが、花火の写真を見たいという旨のラインを送ったらしい。
そうしたら大変素晴らしいアングルのショットが送られてきたので、私も見せてもらった。
本当に上手く撮れた綺麗な写真だったので、部屋からこんなに綺麗に見えるなんてすごいねーとかそういうことを言ったと思う。
するとYくんは何やら考え込んだ素振りでしばらくスマホをいじっていたのだが、そのうちほくそ笑みながらこちらに画面を向けてきた。
そこに表示されていたのはとあるブログ記事で、文体からしてタワマン住まいの主婦のブログのようだった。
花火の話題の記事で、画面をスクロールして読み進めていくと、さっき見たばかりの花火の写真と全く同じ画像が滑り出てきた。
私はすぐに理解ができなくて何か頓珍漢なことを言ったような気がするが、要はショウキさんはこのブログの画像をあたかも自分が撮った写真であるかのようにYくんに送ってきたという事だった。
Yくんによるとショウキさんはとんでもない嘘つきで、今までの空き巣の件やらタワマン住まいの件やらも全て嘘だと思う、と言うのだ。
その後、ショウキさんの帰りぎわに今日はまっすぐ帰るのかと訊いた上で後をつけて、乗る電車を確認したこともあるらしい。
その日は最寄り駅とは全くの逆方向の電車に乗って帰って行ったそうだ。
ショウキさんの虚言癖は店長も知っていて、ほとほと呆れ返っているらしく、だから空き巣の件の時あんなにも冷たかったのか…と、その時初めて合点がいった。

その後も自分の苗字はカムイだとか、ショウキという名前についても何か異常に厳つい漢字を挙げていたが、話半分以下で聞いていたので詳しくは忘れた。
彼は本当に毎度毎度、なんでそれまで疑いもしなかったのだろうというような、よくわからない嘘の自慢話をして帰っていくのだ。
後から考えると、ショウキさんにあまり関心がなかったが故に深く考えなかったということを差し引いても、ちょっとぐらい疑う余地があったと思う。
いつもショウキさんが帰った後、Yくんは他のキャストや店長と彼のことを馬鹿にして笑っていた。
店長曰くいいとこ日雇い労働で、その日稼いだ分をその日に店で使っているのだろうと。
今思うのは、そういう店で身分を偽ったり、話を盛ることが悪いことかというと、そんなことはないと思う。
けど当時の愚鈍な私はショウキさんの話を丸ごと信じて会話していたわけで、人と人とのコミュニケーションには違いないので、バレない程度の嘘にとどめてほしかったな、とも思う。

今では疎遠になってしまったが、私が店を辞めてしばらくはYくんと交流があり、理由はまあいろいろあるのだろうけどショウキさんは店長が出禁にしたらしい。
さらになんとその数年後、近所でショウキさんに偶然遭遇したことがある。
その時は平日の夕方の買い物帰り、見覚えのある人物に驚きすぎてつい声をかけてしまった。
私はバー勤務当時のようにツインテールにフリフリのワンピースなどもう着なかったし、地味な格好だったのだが、ショウキさんは私のことを覚えていた。
会話は一言二言、大したことは話していない。
今度美味い物奢るよ、とか言っていたと思う。
けど連絡先などは知らない。
すっかり変わった私とは違って、数年前と同じ派手な髪色、首元の弛んだ部屋着に偽物のクロックス姿の彼は、マクドナルドの袋を下げながら散々自慢していたタワマンがある駅とは真逆の方向へ歩いて行った。

人間はいろいろだな、と思った。

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