「場数」

第1,297回
おはようございます。
公響サービス、代表のシンジです。

 人は「場数」を増やすと、それなりになんでも、できるようになるものである。人前で話すのが苦手だったとしても、場数を踏めば、それなりに落ち着いて出来ているように、はたからは見えるものだ。
 運転は、免許をとっても上手くはならない。場数を多く経験することで、上手く対処できるようになるし、車幅感覚なども養われていき、判断力のスピードも上がっていくのだ。

 ここでこう思う人がいるだろう。「でも生まれつき才能がある人もいるじゃないか!」確かにそういう人はいるだろう。
 例えば、音楽の才能に恵まれ、3歳でピアノをすらすら弾いてしまう子もいる。一方、普通の子は3歳ではまともに弾くことは出来ないし、3歳だから仕方ないという雰囲気に流されてしまうものだ。
 スタート時点で違いがあれば、「場数」など関係ないじゃないか?そう思うのも無理からぬことだ。しかし、それは偶然なのですよ。誰にでも何かしらの才能があるけれど、3歳でピアノに全員が触れるわけじゃない。あなたはピアノを弾く才能は人並みだったかもしれないが、一度も行ったことがない棒高跳びをやったら、オリンピック選手になれるような才能を持っていたかもしれないと、誰に否定が出来ますか?そんなことは単なる偶然なんですよ!気にするに値しません。
 それよりも、「場数」を増やして努力を続ければ、それなりの65点位のところには誰だって到達できるんです!そこが重要なんですよ!他人と比較して、凹んでいないで、自分自身がこのラインまで到達することが重要なのですよ!しかも、なるべく早くこの地点に来なければ、自分自身で付加価値を生み出すことは出来ないのです。つまり、自分に価値創造が出来るかどうかの分岐点なのだ。
 だから、会社の粗利も65%を目指して努力するのが最低限の目標なのです。当然、ビジネスモデルで粗利率は異なるが、仕入れた物を売るのであれば、最低ラインとしてこの程度にしなければ、商売として成立はしない。
 人は「場数」を踏み、何度も努力して最低限この地点を目指さなければ、何事も成せないのである。会社は、従業員に対してその「場」を準備してあげることに意義がある。それを嫌がり逃げるような従業員は、その会社にいる価値がないと自分で証明していることになるのである。

 人間としての「場数」というものもあるのかもしれない。どう考えても、この人は自分勝手で徳のない人だ。そういう人は、人間初心者なのだろうと思うことにしている。人間として現世に来るのも「場数」を踏んでいれば、次元を上げてここから脱出する日も近いのではなかろうかと思っている。さて、私はこの地獄から抜け出るクモの糸を見つけることが出来るのか?まだ、分からないですね。まあ、「場数」を増やして、努力するだけさ!

 いつも読んでいただき、ありがとうございます。本日も皆さんにとって良い一日でありますよう、祈っております。

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シンジ

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