「人と話す」
おはようございます。
公響サービス、代表のシンジです。
人と話すことは大切だ。色々な気づきを与えてもらえる。話していると、自分の考えもまとまっていく。声に出した自分の声を聴くことで、記憶に定着していく。それを思い出しながら、こうして文章にすることで初めて自分の中で咀嚼が進み、自分の血肉になると思っている。
人は普段考えていることでも、簡単に言葉には出来ないものだと思う。少なくとも私はそうだ。記事を読んだだけでは記憶に残らず、その内容を人と話して初めてその内容が表に現れるのだ。人と話すことはアウトプットとインプットだ。自分の脳みそに溜め込んだ知識を使う。相手の言葉を理解し蓄積する。その両方を行うことが可能だ。だがまだ自分の物になっていない。そんな時に明文化をするのだ。
人と話すのが苦手な人がいる。組織の人間関係が苦手で、個人事業主になる人もいる。けれど、人と関わらずには生きてはいけない。考えを明文化するのは大事だけれど、話をせずに仕事にかかると余計な時間がかかる。人に伝わる文章を書くのは難しく、何度も読み直さなければならない。ツー・カーで通じるところはない。メールやラインで済まして、電話をしない人が増えているが、そういう人に限って、非常にわかりにくい文章を書いてくる。手書きの頃なら書かないような簡単な内容も、メールだと簡単に送れるため、一方通行に言いたいことをメールしてくる。
メールは文章として証拠を残さなければならない時には有効だが、電話やZOOMの方が人の気持ちは伝わるものだと思う。
確かにスマホなら、トイレの中でも読めるし、移動しながらも読める。便利であることは認めるし、私も利用している。否定はしない。時と場合によると思っている。
一方で電話は相手の時間を奪うので、良くないという人がいる。私は人と話すことは仕事の一部だと思っている。そのため、時間を奪われているとは思わない。実際に実務はストップするが、メールを読んでいる時間も同様だ。しかもそこに誤解がないように気をつかうくらいなら、電話やZOOMを利用する方が、個人的には好みだ。
当然、それ相応な文章を書いてくれる方は例外だ。内容が分かりにくく、日本語になっていない文章を書いてきて、読み解けというほうに無理がある。意思の疎通が上手くいかなくても致し方ない。客先とのトラブルの大半が、コミュニケーション不足の問題だ。
忙しいから、文章で済ますのではなく、アウトプットと共に、インプットも行うための会話である。相手の声色や表情から読み取れる情報も大きい。そして何より、用件だけ箇条書きにされるよりも、笑顔で話した方が、お互いに気持ちよくやり取りができる。どこまで行っても、人は感情の生き物だ、という部分に引きずられると思う。だからこそ、「人と話す」ことは生きて行くうえで、避けがたいことだと思っている。
個人的には「人と話す」ことはとても好きだ。毎日電話に使用している時間は1~2時間程もある。日によっては来客や電話で、人と話している時間が仕事の9割の時もある。それをすべて文章にしていたら、私は毎日徹夜でも追いつかないだろう。だから、メールの返信がなく、電話の時もどうかお許し願いたい。文章でのやり取りは、ごく決まった人との知的な刺激こそ最上の喜び。業務連絡は口頭でお願いをする。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。本日も皆さんにとって良い一日でありますよう、祈っております。
シンジ
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