僕が思う、AppleのAppleらしさ
昔、Apple Storeで働いていたことがある。
ちょうどiPhone4からiPhone5sまでの2年半ほど。日々Appleに対する世間の注目が変化していくのが肌で感じられた素晴らしい時間だった。
これまで、あまりRetailで働いていたことは話してこなかった。 ただNDAも切れたので「働いていたこと」自体は話しても良いかなと思い、その前提でnoteを書くことにした。
AppleはいまもAppleだ
ただRetailで働いていたから知りうることなんてたかが知れている。
だから「中の人だから知っている情報があるかも」という期待値だったら、このあたりでタブを閉じた方がいい。
僕がnoteを書いて伝えたいと思ったのは“視点”だ。働いていた数年間、僕はひたすらAppleらしさを考え続けた。もちろん、それはAppleらしい振る舞いやあり方を考えるのが仕事の一部だった。
その視点でみると、AppleはいまもAppleだ。
「Appleはもうだめだ」「Appleはつまらなくなった」「同じようなものを出す」「消費者に迎合している」「イノベーションが…」といった言葉は死ぬほど聞く。
Steve Jobsが亡くなる前から働き始め、Tim Cookが落ち着くまでは働いていた身からすれば、Appleは何も変わっていないと思う。ゆえに、あまりにも否定的な言説を見ると少し悲しい気持ちにもなる。
だから僕は、僕の視点でみたAppleの新製品発表と、Appleのスタンスを書いてみようと思う。
つまらない発表は本当に悪なのか
たしかに、iPhone XS/XS Maxは見た目にはiPhone Xから変化がなく、わかりやすく目を惹く新機能もない。XRは廉価版という中途半端な立ち位置にも見える。過去盛大に滑ったiPhone 5cを思い出す人もいるだろう。いずれも価格は高い。
加えて、手が小さい人の多くが期待していたであろう、iPhone SEもついにディスコンになってしまった。TechCrunchやWIREDは、楽しそうにお葬式を繰り広げている。
もちろん、僕自身消費者目線で言えば、新しいデザインで、わくわくする新機能が搭載されている方が欲しいと思う。価格も安い方が嬉しい。記事を書く上でもその方が書きやすいし、読まれるかもしれない。
ただ、Appleはそれも理解した上で、このプロダクトを出しているはずだ。
言わずもがな、Appleは世界で最も資本力のある企業だ。他メーカーのように、毎年デザインをリニューアルし、目を惹く新機能をつけることができないわけではない。
ただ、Appleはあえてその道を選んでこなかった。デザインを変更するメジャーアップデートは2年に1回、間の年には機能面に注力するというサイクルを基本的には繰り返している。(去年はイレギュラーだったけれど)
たとえば、デザインを2年ごとにすることで、デザインの開発期間は倍になる。また間の年はほぼ外装の設計が決まった状態から機能面のアップデートに取り組める。
このルールはAppleにとって良いプロダクトを作るために重要だから続けているのではないだろうか。
今年のような機能面のアップデートも、開発者にとっては重要な進歩だ。
A12 Bionicには業界初の7nmチップが搭載され、機械学習にも対応した。高度な処理を要するサービスやアプリの開発者にとっては、このアップデートがビジネスの将来に希望の光をもたらす可能性もある。
開発者の成長は、AppStore、ひいてはエコシステム全体に中長期で大きな影響をもたらす。
Appleは短期的な世論の“反応の良さ”ではない『軸』で、自分たちが作るべきと考えるプロダクトを見ている。だから、“映え”ない発表を卑下するのは少々違うと僕は思っている。
社会の中のApple
ではAppleにとっての『軸』はどこにあるのか。
僕は「社会の中のApple」だと解釈している。
そして、これはTim Cook自身が大切にしているスタンスでもあると思う。短期的ではなく中長期的に、自社だけでなく社会全体へ最大の価値をもたらす手法を選び続けているように思う。
プロダクト作りももちろん、一端を理解する意味では、環境や、社会貢献がわかりやすい。彼がCEOに就任してから、Appleは様々な活動を手掛けるようになった。
今年の発表ではあえて環境の話題を製品発表のど真ん中(機能紹介と価格の間というもどかしい時間)に配置し、SDGsへの配慮やリサイクルプログラム「Apple Give Back」の発表を盛り込んだ。
無論それだけではない。
サプライヤーとの関係や、メディアとのリレーション、販売店企業との契約条件など、同社はブランドを保つためあらゆる分野で厳しい制約や条件を設けていた。それがTim Cook政権下になり一部は和らげられるようになっていった。(全部ではないけれど)
いずれも「社会の中のApple」が、どうあるべきか、どう価値を最大化できるか誠実に考え続けている結果ではないだろうか。
自律的であること
加えて、Appleは時価総額で“世界一の企業”だ。 その責務をTim Cookはよく理解している。
ただ、彼の意識は周囲の圧力によって生まれたものではないように思う。自らが“どうあるか”という、自律性に近く、さながらノブレスオブリージュのようなものによって、そのマインドは醸成されている。
自分の中で“正しさ”を問い、“正しい方法”を考え、実行する。常にあらゆるステークホルダー、社会に対し誠実であり続ける。そんな姿勢がTim Cookらしさであり、いまのAppleの姿勢に繋がっている。
一見すると「Tim Cookは大企業としての責任を果たすことにばかり全力で、プロダクトへのフォーカスが足らず、イノベーティブさがなくなった」といまのAppleを否定することもできる。
ただ、それはあまりにも早計過ぎないだろうか。
彼をCEOに選んだのはSteve Jobsだ。終末期、長い時間を共に過ごし、思想、描く未来、あり方を共有し、それでも彼を後継者に指名した。
Jobsが最期に残したのは、TimのAppleなんだ。
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