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9.帰路

退社して駅に着いてから、まずイヤホンをつけてEDMを聴くのが習慣になっていた。鬱憤が晴らせなかった日でも憂鬱な日でもオールで華金の日でも、ダークビーツ系のShowtekやR3HABなどであればいつでもどんな時でも合うと感じたからだ。チルなCalvinなどは似合わない日もあった。Pitbullでは夕暮れにしては明るすぎる。


久々にEDM音源を引っ張り出して作業をしながら聴いてみたが、よく寝た朝のように気分がスッキリしてなかなか良い。我ながら適切なチョイスをしていたと思う。少なくとも家に鬱憤を持ち帰らずに済む効果はある。

モッサリ定時で仕事をする自分とは対極にある世界が、イヤホンの向こうにあった。そして今もイヤホンをつければ、異世界への頑丈で重厚な扉がまぶたの裏に浮かぶ。ただの会社員で終わりたくない。EDMは私にとって退職前から思っていることを改めて決意できる音楽でもある。

ただイヤホンがなくても、異世界の扉はどこでも感じることができる。遠くの線路や低空を飛ぶ飛行機を見れば、現実に納得がいかなくなる。ふわっとどこかへ飛んで行ってしまいたくなる。そんな現状から脱したくなる要素が多すぎるのが帰路だった。


ちなみにある日、EDMを聴きながら葛井寺の千手観音の写真を眺めていたら、その日以降千の手がPut Your Hands Upに見えてしゃーなくなってしまった。特に指の間をピタッと閉じて空中を上下する仕草に重なって見えてしまう。EDMを甘く見てはいけないと思った。



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