#4_「ハンズオン」の罠
「御社のアジア事業を、今後どのように立て直しますか?」
日本企業本社のアジア事業担当部署から相談される際、私は必ずこう投げかける。そうすると、かなりの確率で、
「現場に深く入り込み、『ハンズオン』でやります。」
と返ってくる。
この回答、皆さんはどう思われるだろうか?
私のこれまでの経験では、「ハンズオン」はNGワードの一つである。
「ハンズオン」は、響きは美しい。実際に汗を流して改革に取り組むイメージを、悪く言う人はいない。しかし、一見響きの良さそうな言葉にこそ、罠が隠されている。
一つ目の罠は、本当に日本人が「ハンズオン」できるのか、である。
多くの場合、日本本社に居る日本人スタッフ自ら取り組むことを想定しているだろう。
しかし、現地語を話せず、現地で暮らした経験もほとんどない。ましてや、現地でのビジネス経験があるスタッフなどそういない。
そんなスタッフが現地に行ったとしても、まず現地の状況を理解するまでに、少なくとも半年、長ければ1年以上かかる。その間に、現場の志気は下がっていくだろう。
二つ目の罠は、ハンズオンだと権限が現地に移管されないことである。本社スタッフがハンズオンで行く、ということは、(たとえ形式上、現地法人に権限が移管されていたとしても)権限は日本人スタッフの中にあるままである。もしかすると、更に大きな意思決定の際には本社にお伺いを立てねばならないかもしれない。意思決定は遅れていく。
つまり、よかれと思って「ハンズオン」したとしても、停滞の要因の一つである「意思決定の遅さ」は解決されず、むしろ更に遅くなってしまう可能性すらあるのだ。
厳しい言い方をすれば、「ハンズオン」は、日本本社の日本人スタッフの、自己満足で終わりかねない。
では、どうしたらよいのか?
王道は、「経営の現地化」だろう。
経営人材を現地人化するのと同時に、経営上の意思決定権限を現地に移管していく。
日本企業の場合、欧米は既に現地化できているものの、アジア拠点では現地化が進んでいない場合が多い。これに手を付ける。元コカ・コーラジャパン社長の魚谷氏が資生堂のCEOになった際、最初に手を付けたのも「経営の現地化」だった。
これに真正面から取り組むのは、ハードルが極めて高いので、軽い気持ちで始めることはお勧めしない。アジア事業の再成長には、避けて通れないテーマだと理解しているが、詳細な議論は次回以降に譲ることとしたい。
もっと簡単で、実効性がある施策がある。
それは、現地法人の経営陣と並んで、現地の経営の「景色」を見に行くことである。
「ハンズオン」の否定と矛盾しているかもしれない。また、「見に行く」だけでよいのか?と思われるかもしれない。しかし、この「見に行く」というのがカギなのだ。
見に行くことで、これまで人伝いに聞いてきた二次情報が、一次情報に変わる。そうすると、現地法人の経営陣の言っていたことも、理解できるようになる。「市場規模」「競合企業」「自社」といった抽象名詞で留まっている理解の解像度が格段に高まっていく。
そして、同じ「景色」を見ることで、不思議と、安心して任せることができるようになる。なぜなら、定量化しづらく、報告書には書きづらい生の情報も含めた、議論の共通の土台が出来上がるからだ。そこまで進めば、実行は現地に任せればよい。だから、「見に行く」だけ、で良い。
こういうと、「そんな一時的な視察に何の意味がある?」「一回で分かったような気分にならないでもらいたい」という、現地法人トップや駐在員の恨み節が聞こえてきそうである。
仰る通り、1回では意味がない。現地の調子が悪くなった時に思い出したように視察に行くくらいでは意味がない。毎年、継続して、良い時も悪い時も行くべきなのだ。
業界や国による部分もあるが、少なくとも年に2回は、全拠点に手分けして行って欲しい。そして、行くだけでなく、現地経営陣と現場で議論を尽くしてほしい。特にアジア各国は変化が速いので、もっと多くても良いくらいだ。
「経営の現地化」という壮大なテーマに取り組む前に、まずはリテラシーを地道に高めていく。「ハンズオン」と比べて遠回りに見えるかもしれないが、実は着実かつ必ず効果が表れる施策である。是非、お試しいただきたい。
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