【B4作品批評レポート#7】作品から展示室を考える

こんにちは。
B4夏休み課題シリーズ第7回を担当する、宇部と申します。

 今回、何か新しい作品について批評をするということで、令和2年度東京藝術大学 卒業・修了作品展で印象に残った作品を選んでみました。


横山 由起『無題』

作品概要
 2021年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻 卒業作品
 作者:横山 由起 (YOKOYAMA Yuki)
 タイトル:無題
 サイズ:H178cm × W178cm × D22cm
 材料:パネル、アクリル
 https://diploma-works.geidai.ac.jp/catalogue/oil-painting/yokoyama_yuki.html 

おそらくハサミか何かでカットした半透明のストローを束にして、断面側が正面になるようにキャンバスに固定するという制作過程が想像されます。

作品から展示室を考える

 作品の批評といってもアートには明るくないので、浅学といえど多少知識のある「空間」、今回で言えば「展示室」と結びつけて話をしてみようかと思います。

 展示室は、そこに展示される作品と鑑賞者の関係を変質させないように、黒子に徹した存在として作られます。
つまり、”ある”けれど”ない”ものとして扱われるのです。
そのために、壁、床、天井は真っ白に塗装され、目地や裏側にある様々な設備は完全に隠されます。
そして、私たちはこのことを知っています。ちょうど、浄瑠璃で黒子の存在が見えるけれど見えないように扱われているのと同じように。

この作品は、そんな展示室の秘密を、鮮やかに私たちに示しているように思えるのです。

触覚と視覚

 この作品を初めて視界に捉えたとき、何かふわふわした、やわらかそうなものに見えます。
近づいてみると、これが大量のストローで構成されていることがわかり、鉱石の結晶のような、かたい印象を覚えます。

その視覚的なやわらかさは、ストローの長さの差異によってできる繊細な陰影によって顕れています。
触覚的にかたいものを使って、視覚的にやわらかいものをつくりだす、そんな意図があるのではないでしょうか。

 また、この作品には、カタチがありません。
なぜならこの作品は、平面であると同時に立体であり、みる角度や周囲の環境によって様々な表情を持つからです。
だとすると、この作品は物体を作っているのではなく、状態、あるいは現象を作り出す装置として捉えることができるのではないでしょうか。

 そして、ここまでの話を踏まえると、この作品を見ようと思ったとき、鑑賞者は必ず「移動する」のです。

つなぐもの

 山の向こうとこちらをつなぐトンネル、土の中と花をつなぐ維管束、コップの中と私をつなぐストロー。
筒状のなにかは、しばしば二つのものをつなぐ役割をもっています。
この作品の大量のストローも、もしかしたらそんな役割をもっているかもしれません。

 展示室というのは、白色の壁と無色透明な空気によってできる限りの「何も無い」で作られています。
0か1かの空間、そしてそこに現れる展示物は本来、0でも1でもなく、ただ異質なものとして(もちろんその様が、有るべきかたちとして)存在を主張します。
しかし、この作品はその0と1の隙間に入り込むように、あるいは溶け出すように、展示室に顕れるのです。
無色透明な空気の中、白色の壁に掛けられた半透明の物体。
この半透明の「つなぐもの」は当然どこへもつながらず、ただ白色の壁の存在を示し、展示室の虚構性を浮き彫りにしているのではないでしょうか。

まとめ

 この作品は、鑑賞者を含む周囲の環境を変数とし、それによって作品の状態や現象が移り変わることから、その展示室が「何も無い」空間でないことを物語ります。
それに加えて、作品の背後の白色の壁の存在を示すことによって、展示室の物質性を確かなものにしています。
 


ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

B4 宇部星一

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