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はじめて吸ったタバコ、その体験。

つくばに引っ越して少し経った頃、まだ有休消化中だった間に人生ではじめてタバコを吸った。そのときの体験が note に下書きとして残っていた。

我ながら好きな文章だな、と思ったので、試しに公開してみようと思う。特にタバコを薦める意図はない。ただぼくにとって、はじめてのタバコという体験がこういうものだった、と、記録を残しておきたいだけのことだ。


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ふと、思った。「今夜、タバコ吸ってみるか」

こういうのを魔がさした、というのかもしれない。つくばの夜。東京では、緊急事態宣言が明けなかったその夜。新都市中央通りをぼんやり東に歩きながら、ひょいと縁石の端を踏み越えたときに、言葉が頭に浮んだ。

鼓動が速くなる。その思いつきはどこか背徳的で、転職を控え、所属を持たない宙ぶらりんの夜に試すには、ちょうどいい気がした。

ジャージ姿の男が走って追い抜いてゆく。のんびりとした歩みのまま、車のヘッドライトばかりが目立つ道沿いに目線を走らせた。ドラッグストアとコンビニが1件。それぞれの窓から、目的のものが見える。いつも買い物をしている使い慣れたそれらの店の横を、しかしつい、通り過ぎてしまう。

そのまま歩き続け、何もない交差点までたどり着いてしまった。少し立ち止まってから、来た道を引き返す。なんでもない顔をしながら、コンビニとドラッグストアを頭に思い浮かべた。タバコが陳列されているのは、コンビニはレジの後ろ、ドラッグストアはレジの手前。初心者だから選ぶのに時間がかかるだろうしレジ前に突っ立って選ぶのも嫌。けれど検索はしたくない。直感で、これだと思ったやつを買いたい。そういう気分だった。

マルボロのミディアム。タール 8 mgのそいつは 153 番だった。店員に番号を伝える声がちょっと震えそうで、ことさらになんでもない顔をした。ドラッグストアではライターが買えず、道をまた戻ってコンビニに行き、クリアブルーのライターを買った。思えば、ライターを自分のお金で買うのも初めての経験かもしれない。

ブルゾンの胸ポケットに収まったそいつ。軽くて嵩張るばかりで、570円分の重みは感じない。6割は税金。体を痛めつけて税を納める。なんて勤勉さ。

ゆるやかな自殺、という言葉はハーモニーだったか。

趣味のウイスキーを飲むとき、いつもその言葉を思い浮かべる。今自分はゆるやかに自殺をしている。別に死にたいわけではない。健全に、健康に生きていたいし、現実に辛いことがあるわけでもない。ただ日々の中に、杭を打ちたいだけだ。どこかふわふわした日常に、重たく静かに喉を滑る液体はちょうどいい。

タバコはどうだろう。同じ喉を通り、肺に落ちるその気体は杭になるのか。
むしろ風船のように、より軽く、どこかへ飛ばそうとするのだろうか。

換気扇の下、ツナの空き缶。キッチンで、立ちながら。

吸った。まずはふかして。そしておぼろげな知識をもとに、一度口に蓄えた煙を、鼻から吸った新鮮な空気で肺に押し込む。

ピリッとする喉の痛み。粉っぽい感覚。それとともに肺に落ちるもや。軽く咳が出る。瞬間、ふわっと意識が持ち上がる。

なるほど、と思った。なぜか初めてサウナに入った時を思い出した。これを求めてタバコを吸うのかと、どこか納得したような気持ちになった。

1 cm ほど吸って火を消した。寝坊して捨て忘れていたツナの空き缶に水を張りタバコを落とす。花火の最後の音がした。


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タール 8 mg を選ぶ無知さと、はじめての体験に対する緊張が面白い。今となっては、タバコを買うことになにを思うこともないからね。

ちなみに、はじめて吸った後しばらくは 2, 3 ヶ月に 1 箱くらいのペースで消費をしていたが、結局今は全く吸わなくなってしまったことを、一応、書き添えておく。


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