20210531 Maison book girl

 寝覚めは良くなかった。昨日のことがあったからだ。

 Maison book girlが活動を停止した。昨日行ったライブが、ラストライブだった。それはライブ後に知ることになったのだけれど。

 ライブが終わった会場は静かだった。この時点で、事実を知っている人、あるいは予感している人がどのくらい居たのか。
 『last scene』と言うタイトルの曲が途中で打ち切られ、メンバーが退場し、そのまま何も映されていないスクリーンが降りてきて、幕が張られたところで会場の照明が付く。終わり方が唐突なのは今回に限ったことでは無いけれど、それでも何か違和感があったと思う。拍手は戸惑いを反映するかのように漣のようだった。
 拍手が止んで、規制退場になった。誰も喋っていなかった。退場際に横を通ったスタッフが「いや、静かですね」と誰かに伝えていたような気がした。Twitterを見ると、上記のホームページのスクリーンショットが飛び込んできた。出口ではA4の、群青より紫がかった色のリーフレットが配られていて、中身にはただホームページのアドレスだけが書いてあった。小雨が降っていた。何もわからない。
 そうこうしているうちに音楽ナタリーのニュースが飛び込んできて、「そういうこと」だということを知った。それでも、本当にそうなのか、信じられなかった。いわゆる「現実を脳が拒否する」なんてことではなく、ブクガは表現の一環としてそういうことをしかねないグループだったから。

 それでも、Twitterの反応、特に関係者の方の発言から、どうもそうらしいことがわかって。公式Twitterの投稿が消され、公式ブログも削除されたことに気づいたとき、いよいよ確信に至る。そして今に至るまで、自分のTweetDeck上にある、ブクガだけで構成されているリストはなんの更新も無い(何よりメンバーの井上唯さんはTweetを完全に消してしまった)。本当に、「削除」されてしまったかのようだ。(少なくとも今の時点では)インターネット上に残っている彼女たちの発言が、途端にアーカイブのようなものになってしまったように思う。たった一晩で認識は変わるのだ。確かに動いていたものが、止まってしまった。

 アーティスティックになっていく活動を通して、ブクガのことを「アイドル」として見るような意識は無くなっていた、と思っていた。実際に特典会には行ったことが無いし、ネットサイン会も結局応募しなかった。これはブクガに限らず、基本的に演者に対してファンとして近づく、ということが苦手であることが大きいのだけれど、特にブクガに関しては、そういうことをしなくても、そのパフォーマンスが見られれば満足だと思っていた。
 しかし、実際にこういうことになって、楽曲やライブだけではなく、日々のTwitterのツイートやブログなどを通して、そこにメンバーが居てくれていることが、想像以上に大きかったんだということに気づいた。特にメンバーのTwitterの雰囲気は、自分にとって馴染みのある「インターネット」にとても近いもの(言ってしまえば「ツイッタラー」っぽさ)があって、好ましかった。そして、ちょっと考えてみれば当然なのだけれど、そういう距離感でいられる存在こそが、自分にとって大事なものだ。10年以上もTwitterをやっているというのはそういうことに他ならない。

 だから、やっぱりブクガは自分にとって「アイドル」だった。決して近くは無いけれど、インターネットを通して見る世界に、彼女たちが、ブクガが居たということ、それ自体が、自分の中で確かに意味を持っていた。そうでなければ、こんなにも寂しい気持ちにはなっていない。

 ブクガは、自分で見つけられた、と思えた数少ないグループだった。自主性が無い人間なので、好きになるものはだいたい人に影響されている。そんな中で、ブクガは自分で見つけて、自分で好きになれたものだった。2017年に知って、年末の『Solitude Hotel 4F』を思い切って観に行って、そのパフォーマンス、演出に魅せられたのが始まりだった。だから、今回のライブが、『SH4F』の再演からスタートしたのは、今振り返れば、間に合っていたんだなと思えて、なんだか救われたような気がしている。

 ライブは綺麗だった。舞浜アンフィシアターの円形にせり出したステージに、天井から投射される様々な模様を描く照明は、これまでのライブ以上に華やかさがあったように思え、それは純白の衣装にとても似合っていた。
 印象深いのは『夢』のアカペラのユニゾンで、こんなにも伸びやかで、力強く、そして綺麗な歌声だったんだと気づいた。自分が観始めた頃から比べても、歌がライブの度に良くなっているのは知っていたけれど、ついには歌声そのもので――ブクガにとっての一番の武器は楽曲であるのにも関わらず――感動できた、何よりそういう形で届けてくれるようなところまで来たのだ。
 最後から2曲目の『bath room』の歌詞のアレンジ。もう歌詞を覚えていないのだけれど、前向きなメッセージを込められたような歌詞だったということだけは覚えている。ブクガはこれまで「絶望」を歌ってきた。観念的な歌詞は常に閉塞感や仄暗さを纏っていた。最後の曲は、そういう絶望の中から、それでもそこから一歩進めるような、そういう意志を受け取れたように思う。そして、それは、僕の好きな『Fiction』のようだった。

 こうやって書いていても、実はまだ終わったことの実感は無い。次の瞬間にはまたタイムラインが動き出すような気もしている。今日見た夢の中では、実際にそういう光景を見た。今日このあと、あるいは数日後、何かしらのメッセージがあるのかもしれないし、やっぱりこれっきりで何も無いかも知れない。「削除」されるというのはそういうことなのだと思う。それ自体の意味が無いから、こうやって書くことで、なんとか意味づけをするしかない。切断をつなぎ止めるしかない。そうやって、やっていくしかないのだろう。

 ただ、今日まで見届けることができたことは良かったと思う。それだけは間違いなく言える。これから先どうなるかはわからないけれど、ひとまず、今までありがとうございました。最後のアルバムで『Fiction』を題名に掲げて、そしてそれがまさにそうであったようなグループを好きになれて、良かったです。




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