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ブックレビュー「ビル・ゲイツ 地球の未来のため僕が決断したこと」

これまで不勉強だった気候変動に関する本を「次に読むべき本」リストに挙げたのは数か月前だったが、その理由は今一つはっきり覚えていない。おそらくどこかで本書のレビューを書いた人が「牛のげっぷと豚の糞尿」の地球温暖化への影響の大きさについて述べていたことに興味を持ったからだったと思う。

ビル・ゲイツは元妻のメリンダと一緒にゲイツ財団では国際保健、開発、アメリカ国内の教育に力を注いでいる。しかし世界の貧困者に手頃な価格で安定したエネルギーを提供できるのにはどうすればよいかを調べる内に、気候大災害を防ぐには温室効果ガスゼロを達成しなければならず、しかも貧困者に供給するエネルギーは温室効果ガスをまったく排出しない形で供給されなければならないことを知る。

そして、そのためには太陽光や風力といった既にある手段を、もっと早く効果的に展開する必要があり、目標達成を可能にする各種ブレークスルーを生み出し展開しなければならないことを確信する。

本書では、まず何故温室効果ガスゼロなのか、そしてゼロ達成がきわめてむずかしい理由、どうすれば確かな情報をもとに気候変動について議論できるのか、ゼロを実現するためにブレークスルーが必要になる分野を整理し、そして最後に目標達成に向けた具体的な計画を述べている。そういう意味で私のように温室効果ガスについて初めて学びたいと思う人には非常にわかりやすい整理をしてくれている。「僕は」とビルゲイツに語られることになる本日本語翻訳書は少し違和感があるのだが、それでも若い世代の人に読んでもらいたいことから「僕は」を訳語として選んだのであれば成功しているのかもしれない。

以下各章でのキーポイントを紹介することで私のような本問題ビギナーが学ぶ機会になることを期待する。

1. なぜゼロなのか

温室効果ガスは熱を閉じ込め、地球の地表面平均温度を上昇させる。ガスは多ければ多いほど温度は上がり、長いあいだ大気中に留まる。温室効果ガスを二酸化炭素換算で計算したのが世界の年間排出量である510億トン。そしてその排出量を50%削減するだけでは気温上昇は止められない

温暖化で気温と湿度が上昇する以外にも、連鎖反応として暴風雨が増え、山火事の頻度と激しさが増し、海面が上昇、さらには動植物への影響を与える蚊が新しい場所に生息しはじめ、熱中症も増える。これらを阻止するにはゼロ達成が必要だ。

2. 道は険しい

現在安価な化石燃料はあらゆるところで使われている。そしてこれからは貧しい国も使うようになる。その結果一人当たりのエネルギー使用量が増え、一人当たりの温室効果ガス排出量も上昇する。

再生可能エネルギーの使用量は自然と増えていくが、その増加はかなり遅く、これからイノベーションが必要だ。法律や規制も時代遅れで、気候変動について強いコンセンサスも無い

3. 気候について論じるときの五つの問い

気候変動について語る時に大切な五つの問いは

1. 510億トンの内のどれだけの話なのか?
2. セメントはどうするつもりか?
3. どれだけの電力が必要なのか?
4. どれだけの空間が必要か?
5. 費用はいくらかかるのか?

この枠組みを念頭に置いておけば複雑な気候変動の効果性を理解できる。

温室効果ガスは次の5つの異なる活動から排出されており、すべてに解決策が必要だ。

1. ものをつくる(特にセメント鉄鋼、プラスティクス31%
2. 電気を使う(電気)                27%
3. ものを育てる(植物、動物)            19%
4. 移動する(飛行機、トラック、貨物船)       16%
5. 冷やしたり暖めたりする(暖房、冷房、冷蔵)      7%

もうひとつどれだけの電力が必要かについて次の数字を念頭に置くと、規模がわかりやすい。

世界                    5,000ギガワット
アメリカ                  1,000ギガワット
中規模都市                   1ギガワット
小さな町                    1メガワット
平均的なアメリカの家族             1キロワット  

また一平方メートルあたりの発電容量は電力源によって次の通り異なる。

化石燃料                 500-10,000w/平方メートル
原子力                  500-1,000w/平方メートル
太陽光                  5-20
水力(ダム)               5-50 
風力                   1-2
木質などのバイオマス           1未満

現在利用可能なエネルギーが大量の温室ガス効果ガスを排出しているにも関わらず使われているのはコストが安いからであり、これらを排出ゼロにするには移行コストがかかる。これをビルゲイツは「グリーン・プレミアム」と呼ぶ。グリーン・プレミアムは低い、あるいはマイナスのものでも今使われているとは限らないので、まずはこれを優先して展開する。次にグリーン・プレミアムが高すぎる領域には手頃な価格で提供できるようにブレイクスルーのための資金・初期投資家・発明家を集中させる。それが基本だ。

4. 電気を使う

世界では電気を安定して利用できずにいる人が、8億6千万人いる。特にサハラ以南のアフリカでは、送電網につながっている人は半分未満だ。

世界中で発電されている電気の3分の2を化石燃料(石炭・石油・天然ガス)が占めている。水力には利点もあるが、地域のコミュニティや野生生物が場所を追われ、土壌に炭素が多く含まれている場合には、地面を水で覆うとその炭素がやがてメタンに変わり大気中に放出される。ダムで発電できる電気量は季節によって異なり、川のあるところに場所は限定される。

アメリカのすべての電力系統を炭素ゼロの電源に替えると電力料金は平均で15%増える。ヨーロッパでは20%。これに対してアフリカとアジアは厳しい。これは化石燃料があまりにも安いことから来ている。もう一つはアメリカやヨーロッパのように再生可能資源が存在しない地域が世界にはあり、そういった地域には送電コストがかかる。さらには太陽や風は間欠的にしか発電できないため、割高なバッテリーを必要とするか、あるいは化石燃料を使う別のエネルギー源を加える必要がある。

例えば東京がすべて風力で電気をまかなう場合、台風が来て三日間すべてを大型バッテリーに蓄えた電気だけでしのごうとすると、バッテリーは1400万個必要で、これは世界で10年間に製造される蓄電容量よりも多く、購入価格は4000億ドルかかる。ここには設置やメンテナンス費用は含まれていない。

アメリカでは仮に風力と太陽光による発電量を今後30年間、今の三倍を超える量を毎年増やしたとしても、高圧電流を運ぶ長距離送電線を全国に張り巡らせる必要がある。さらに今後予想される各家庭での電気使用量増しを考えると電力供給をアップグレードする必要がある。

これ以外にも、核分裂、核融合、洋上電力発電、地熱、バッテリー、揚水発電、蓄熱、安価な水素といった技術でのブレイクスルーが必要だ。また二酸化炭素そのものを回収する炭素回収といった技術や負荷移行や需要移行といった電力使用量を減らす方法もある。

5. ものをつくる

さまざまな資材のグリーン・プレミアムを計算するのに、ゲイツは次の三つの段階で考える。(1)工場を稼働させるのに必要な電気を化石燃料を使ってつくるとき。(2)鉄鉱石を溶かして鋼鉄をつくるなど、さまざまな製造工程に必要な熱を化石燃料を使って発生させるとき。(3)セメントの製造時に二酸化炭素が必然的に発生するように、その資材をつくるとき。

エチレンのグリーンプレミアムは9-15%、鋼鉄は16-29%、セメントは75-140%にもなる。これらプレミアムを下げるには公共政策によって炭素ゼロのセメントや鋼鉄を購入するインセンティブを作るなどの方法があるが、製造イノベーションが最も期待される。例えばリサイクルした二酸化炭素をセメントに再度注入してから建設現場で使用する等。製鋼においても石炭の代わりにクリーンな電気を使う方法もあるし、プラスティックを炭素吸収源にする手もある。

製造における排出ゼロには、可能な限りすべての工程を電化し、脱炭素化された電力網から電気を得て、残った排出分に炭素回収を使い、リサイクルや再利用で資材をもっと効率的に使っていくことが必要だ。

6. ものを育てる

この部門には家畜の飼育から作物の栽培、木々の伐採まで広範な活動が含まれる。農業では二酸化炭素では無く、メタンと亜酸化窒素が悪者で、前者は二酸化炭素に比べて100年間で分子ひとつあたり28倍、亜酸化窒素は265倍もの温暖化を引き起こす。

そして世界の人口は2100年までに40%増加して100億人に近づき、豊かになる食生活をも考慮すると食料を40%増加させるだけでは不十分で70%増やす必要がある。牧草地あるいは耕作地一エーカーあたりで生産できる食料を増やさなければ、食料関係の温室効果ガスの排出は三分の二増える。このため温室効果ガスを減らすブレイクスルーが必要となってくる。

例えば牛のげっぷと豚の糞尿。世界中で10億頭の牛が育てられ、一年間にげっぷやおならで出すメタンには、二酸化炭素20億トンと同じ温暖化効果があり、これは全排出量の約4%。糞は分解されると強力な温室効果ガスの混合物、おもに亜酸化窒素、メタン、硫黄ガス、アンモニアが加わったものが出る。糞関係の排出の約半分は豚で残りは牛の糞。これらが農業では二番目に大きな排出源になる。これらのガスを排出する量を減らす技術が必要だ。技術が無くても育てる場所を変えるだけでも温室効果ガスは減らすことができる。また植物由来の肉に代替する手もある。それ以外にも”培養肉”のように実験室で肉そのものを育てる方法もある。食べ物の廃棄量を減らすことで温室効果ガスを減らすことができる。

食料を増やすのに必要な合成肥料にもイノベーションが必要だ。このままでは合成肥料のせいで温室効果ガスの排出が増える。現在のところ合成肥料に代わる実用的な炭素ゼロの代替物は無い。

このほかにも森林破壊による排出量が30%ある。例えば木々が燃やされれば二酸化炭素がすべて放出される。さらに木を地面から抜くと土に蓄えられている炭素が二酸化炭素として放出される。この問題を解決するには政治と経済の解決策が求められる。

7. 移動する

昨今ガソリン価格が上がっているので、本書で挙げられているグリーンプレミアムの計算は再考しなければならないかもしれないが、少なくとアメリカではガソリンは安い(かった)。そしてガソリンには強烈なパワーがある。先に見たように世界全体で見ると、「ものをつくる」、「電気を使う」、「ものを育てる」でみるとまだまだ「移動する」は少なめだ。ところが、アメリカでは走行距離とガソリン価格の安さから、発電をわずかに超えて第一の原因である。

部門別の排出量を見ると、乗用車は47%、ごみ収集車・バス・トレーラーは30%、貨物船・クルーズ船10%、飛行機10%と続く。

乗用車ではEVとの比較でのグリーン・プレミアムはアメリカでは走行距離一マイルあたり10セント高くつく。ヨーロッパではガソリン価格がアメリカよりも高いのでEVのグリーン・プレミアムはゼロ問題はガソリン価格が1ガロン3ドルを超えている時だけEVオーナーは節約できること、充電に時間がかかり過ぎること、ガソリン車の寿命が長いのですぐには置き換わらないこと。

EV以外にもエタノールなどの代替燃料があるが、今のエタノールは精製段階で炭素が出るし、トウモロコシなどを育てるのに肥料がいるし、排出物もでる。このため次世代のバイオ燃料や電気燃料の開発が期待されるが、これらのグリーン・プレミアムは高価だ。EVは長距離には向かないため、ごみ収集車・バス・トレーラーの内、中距離のものはEV化できるが、長距離のものはバイオ燃料や電気燃料を使う他無い。貨物船・クルーズ船や飛行機のグリーンプレミアムはさらに高い。

輸送からの排出量を減らすには、他に輸送頻度を減らす、乗り物を作る時に排出量が多い素材は使わない、燃料をより効率的に使うなどもあるが、やはり本丸はEV化と代替燃料の使用。特に代替燃料でのグリーン・プレミアムを減らすためのイノベーションが必要だ。

8. 冷やしたり暖めたりする

現在世界中でエアコンは16億台使われているが、2050年には50億台に増えると予想されている。温暖化の中生き抜くために必要だが、皮肉なことにエアコンを動かす電気需要が増えて、今のままでは炭素排出量が増える。

エアコン以外にも暖炉と温水器が建物にはあり、このほとんどが化石燃料を使っている。これには既にグリーンプレミアムがマイナスになっているヒートポンプへの入れ換えが必要だ。しかし暖炉と温水器の耐用年数を考えると乗用車をEVに替えるのと同じように時間がかかる。このため暖房用燃料を代替燃料に替える必要があるが、グリーンプレミアムは高い。

省エネ基準の建物に替えていくことも並行してやらなければならない。

9. おわりに

ここまでが主要な温室ガス排出源とそれに対する打ち手やイノベーションが必要な技術の説明で、本書ではここから先に、「暖かくなった世界に適応する」、「なぜ政府の政策が重要なのか」、「ゼロ達成に向けた計画」、「一人ひとりにできること」という章が続く。

「適応」は温室効果ガスゼロにするまでに続く地球環境の変化にいかに人類は適応する技術や支援を必要としているのか、都市は成長の仕方を変えるべきか等が述べられている。

「政府の政策」では民間セクターが研究開発投資をしないギャップへの政府の資金投入、競争の場を公平にし、市場以外の障壁を無くすなどの政策の必要性を語る。そして「計画」では2050年までにゼロを達成するためにイノベーションを起こす具体的な計画を提案する。

最後の「ひとり」では、世界市民として声と投票権を使って動くように促し、需要者として賢明な選択を求め、家庭での排出削減に努力し、従業員あるいは雇用者・株主として後押しをする。そして最後に「あなた」自身が本問題解決の唱道者になることをゲイツは願っている。

今すぐにできるのは一人一人の行動だ。

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