見出し画像

ブックレビュー”The Kill List" by Frederick Forsyth

フレデリック・フォーサイスというと私の年代では映画「ジャッカルの日」(原作は1971年作、1973年映画化)や同じく映画「戦争の犬たち」(原作が1974年作、1980年映画化)を想い出す。が、両方の作品とも当時角川書店が強力にプロモーションしていたのは覚えているが、まだ小学生辺りだったからか、原作はおろか映画そのものも観た記憶が無い。当時、父親が戦争や陰謀モノの本や映画を好きだったことの反動だろうか、私自身はむしろ都会のハードボイル小説を好んでいたように思う。

そのフォーサイスの2013年作がこの”The Kill List”(邦題キル・リスト)で、今回も知人から頂いたことから原書で読んでみることにした。

筋書はこういうものだ。

米英の要人がイスラム過激派によってランダムに暗殺される事件が相次いだ。捜査の結果、暗殺者はすべて”The Preacher"と言われる男によるネットを通じての説教に影響を受けて、過激な行動を実行していることがわかる。米政府はこの”The Preacher"を大統領とその側近だけが知る”The Kill List"、すなわち暗殺リスト入りさせることを決定する。

この暗殺の任務を与えられたのが元米海軍中佐でTOSAという特殊部隊に所属している通称”The Tracker"と呼ばれるプロのHeadhunter、すなわち殺し屋だ。”The Tracker"が”The Preacher"を追い始めてもイスラム過激派の暗殺は続く。ついには”The Tracker"の父親までもが暗殺に巻き込まれ、”The Tracker"にとって本事件が自分事にもなる。

捜査が行き詰まる中、彼が助けを求めたのがまだ若くアスペルガー症候群でもあるコンピューターオタク、”Ariel"だった。TOSAの予算で最高のマシンを与えられた”Ariel"は、すぐにその実力を発揮、巧な隠密捜査で”The Preacher"がアフリカのソマリアにいることを突き止める。

並行して”The Tracker"は”The Preacher"の生い立ちを探り、幼馴染のロンドン在住の起業家が”The Preacher"と説教を受けるイスラム教信者との橋渡しをしていることを突き止める。そして起業家を誘拐・拘束し、そのPCを乗っ取ることで彼と”The Preacher"との交信はすべて”Ariel"が代わりに行える状態を作る。

”The Tracker"はまたイスラエルの諜報機関モサドがソマリアに諜報員を持っていることを知り、彼らの協力で”Opal"を秘密裏に”The Preacher"をかくまうソマリア部族に潜入させることに成功する。

ソマリアと言えば映画「キャプテンフィリップス」で有名となったソマリア沖の海賊。ここでもその海賊たちが資金稼ぎのためにスウェーデン籍のトロール漁船を拘束し、船主と身代金の交渉を始める。ところがこの海賊を指揮するのが実は”The Preacher"が潜伏するソマリアの部族の長だった。しかも冷徹な部族長はトロール漁船に乗り込んでいた船主の息子を人質にとることで身代金交渉をさらに有利にしようと画策する。

一方”The Tracker"はハリウッド役者を雇って”The Preacher"の説教ビデオを捏造、”Ariel"が”The Preacher"のIPアドレスを使って偽の”The Preacher"がこれまでの悪行がすべて間違いであったと懺悔する内容をネット上で流すことで、イスラム過激派ネットワーク内での”The Preacher"の信頼を失墜させることに成功する。

追い詰められた”The Preacher"はSomaliaからの脱出を決意する。”The Preacher"が先のソマリア部族とスウェーデン人の人質と逃走しようとしていることを突き止めた”The Tracker"は、すぐに米大統領から英首相への依頼を経て英国特殊部隊Pathfinderのサポートを得ることに成功する。そして脱出を試みる”The Preacher"達をPathfinderのパラシュート部隊と共に急襲し、”The Preacher"の暗殺と”Opal"、スウェーデン人の人質を確保する。

この筋書きを聴くと面白い、と感じられると思うが、日本語訳は上下二巻にも分かれる長編で、元軍人でジャーナリストだったフォーサイスの細部に対するこだわりが大きいためか、話の進行よりも事細かな描写が延々と続く。米英軍や両国の政府機関についての情報も恐らく相当な調査を得たもので、そういった調査能力を誇示するかのように詳細に説明を加えるのだ。

また大きな筋から言うとそれほど関係の無い固有名詞がたくさん出てくるため、筋を追うのが厄介になってくる。例えばソマリアの海賊との人質交渉を担当する会社のお茶くみ係Emily Bulstrodeが実は英国スパイだったとか...

正直私のようにそういった情報に疎く、かつあまり興味を持っていない者にとってはそういう説明が続くことで、全体の話の進行スピードが遅くなっている印象がある。

さらに個人的にこの主人公である”The Tracker"というキャラクターがどうしても魅力的あるいは共感を持つには至らなかった。その意味で先に原書で読んだLee ChildのJack Reacherシリーズ”Midnight Line"とは好対照に思える。

そうは言っても最後のパラシュート部隊での救出作戦の場面は陳腐ではあるが手に汗握る場面だった。まさにそれまでの進行の遅さを忘れるようなスピーディーな展開だった。最後のこの場面を盛り上げるために、それまでのゆっくりとした話の進行があった、ということか。

この本の裏表紙を見ると、先のLee Childが本書を絶賛している。そのポイントとして、この本で明らかになる「秘密」と「グローバルに展開するテロリズム」を挙げている。その意味では日頃からイスラム過激派やソマリアの事情をフォローしている人にとっては、意外な「秘密」が潜んでおり、それを知るという意味でも大変面白い作品に仕上がっているということなのだろう。

まあ自分自身の不勉強もあるのだろうから、もう少し中東の今について勉強するようにしたいと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?