野村佐紀子『夜間飛行』

初めて野村さんの写真を観たのは20年以上も前のことだ。モノクロームの人物たちは少しドライで密やかで、近づき難くも静謐な空気を感じたことを憶えている。以降、毎年福岡での展覧会には足を運んだ。

それから10年、『夜間飛行』に収められたカラーの風景は、まるでその時自分が見た景色のように印象に残っている。これらの写真は、スパイカメラで7年かけて撮影されたものだという。モノクロームのヌードというひとつの世界を確立しつつあった野村さんが、一方で密室を抜け出して小さなカメラとともに夜を彷徨っていたというのはごく自然なことだったのかもしれない。当時のわたしには、ざらりとした質感でプリントされた街の灯は、揺らめきながらいつしか消えてしまいそうにも見えた。自らの心境を反映している所為だと認める余裕さえもなかった。

20年の時が経つ。いまだ行き先は見えず、暗中模索の不安な気持ちはあの頃とあまり変わっていない。いま再び写真集のページを捲ると、じっと内面に深く深く向き合う親密な場所から、思い切って外に向かって飛んでみよと優しく促されているような気がする。そして今ならわかることがある。孤独の象徴にしか思えなかった街の灯の下には、それぞれの人間のそれぞれのささやかな営みがあること、それは闇を照らすひとすじの希望でもあること。夜は必ず朝を連れてくること、何度でも、新しい朝を。

野村佐紀子『夜間飛行』リトルモア 2008

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