バカ酒場①

   酒場とパンツの話です。
 居酒屋に行ける喜ばしい日々。これがまた奪われないことを祈るように毎度呑んでいます。
 こんなに長い間、酒場で、のんびり、しみじみ、呑まなかったことはありませんでした。
 いま、こうして飲めるのが嬉しくてたまらない。ただ、以前は意識しなかったことに直面しています。
 椅子です。
 私が好きな、小体で粋な酒場の椅子は、たいてい、座面は小さくて背もたれは無いかあっても申し訳程度というかわいいものです。丸いビニールの座面のパイプスツール。絣柄のシートの太い脚の椅子。ドーナツみたいな赤いシートの椅子。どれも愛おしい。
 ただ、毎日のように、そういう椅子に座っていた頃はあんまり感じかなったんですが、いま、久方ぶりの酒場通いをしてみて気づいてしまったのです。
 お尻、痛い。
 まず、お尻のほっぺ、いわゆる尻っぺたが肩こり様に痛くなる。それだけならいいんです。ちょっと重心を動かしたりなんかすれば誤魔化せる。
 問題は、なんか、引っ張られる感じの痛みなんです。この、なんていうのでしょうか、パンツ(ズボンじゃないほうの古典的意味合いのパンツ)が、次第にピーンと引っ張られる感じになって、なんか妙な、ズーンというか、チーンというか、モゾーンという痛さがやってくる。これが、どう、もぞもぞ動いても治らないのですよ。酒飲んでるのにですよ。
 もともと、ラフランス体型なところへもってきて、加齢によって上半身全体が加速度的に紡錘形になり、尻が肥大化しているのでしょう。もうラフランスどころか、米茄子ですよ、米茄子。
 で、道理ですが、小さなスペースに、何かに包まれたものを無理に押し込めば、包みが偏って、どこかが引きつる。小さな弁当箱に無理やり大きな茶巾寿司をつっこんだとき、茶巾寿司が崩れる。ああいうことが、パンツ周りでおこっている。
 悪いのは居酒屋の椅子ではないんです。居酒屋の、あの可愛い椅子たちこそ迷惑。こんなモノを載せられて悲鳴をあげていると思います。ごめん、椅子。ぼくの洋梨体型のバカ。
 ただ、コロナ禍でそこまで体型に変化あったかというとそんなこともないんです。むしろちょっと目方が減ったくらい(誰も気づいてくれないけど)。たしかに酒場で飲むことはできなかったけれど、お店にお邪魔することはあったし、酒場の椅子とMy尻の間にあったシナプスが失われたとも思えない。
 気づいたのです。そういえば、それまでのトランクスから、若ぶってボクサータイプっていうのに変えたんです。パンツを。ああいうパンツって、その、いろんな縫い目とかあって、立体的だったりします。で、その立体というのがクセモノなんです。おそらく。私のラフランス体型は想定外なんですよ、きっと。そして、フィット感ていうのでしょうか、トランクスなんて暖簾みたいなもんですが、それに比べたらボクサータイプなんて真空パックですよ。もちろん、これ個人的見解です。真空パックのほうが良い人もいるでしょうが、私は暖簾がいいんです。
 それで、思い立って、またトランクスに変えたんです。そして居酒屋へ。
 幸せがかえってきました。痛くない。どこも引っ張られない。
 でも、本当の根本のところはわかっています。長居し過ぎてたんです。嬉し過ぎて。愛しい酒場に、久しぶりに行ける喜びが、粋な飲み方ってやつの邪魔をしちまったんでげす。でも、しばらくは、長っ尻、ゆるしてもらって、じっくり、久方ぶりの酒場を楽しむつもりです。

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