解ける夜更けの随に【221008】


プロローグ


こんなに肌寒い日だ。何か飲んで歩きたいと思った。
ホット飲料の陳列棚から選ばれたのは午後の紅茶ミルクティー。
ふわり薫る紅茶と、ほんのり漂う甘さに揺られながら歩きたかった。
子守唄のような甘さに揺られながら、僕は煌めきの中で微睡む夜の中歩いて帰った。


・装飾そのものを見ても特に何も思わないけれど、その装飾の灯りが黒を反射するビルの窓に映し出されているのを見ると、綺麗だなと思ってしまう。この現象に名前ってあるのだろうか。


・街中の足ツボのポスターに第二の心臓ってのが書いてあって、何個も心臓あってたまるかと思った。心臓は心臓部にある心臓だけで十分だ


・綺麗なお姉さん二人組が、街の明かりが揺れる川面と、自己の見た目を写真に残そうとしていた。出来れば、だけどその写真の存在を忘れても捨てないでいて欲しいと思った。確かに存在した時間の流れを残していて欲しい、と。
もしなんの迷いもなく捨てられていたらちょっぴりショックかもしれない。


・通りの中にある薬局のシャッターに、でかでかとスプレーアートが載っかってあるとほんの少しだけげんなりしてしまう。付け加えるのもアートなのだろうが、そのままにしておくのも十分アートだろうに。

・駅前ビルの入り口から中を覗くと、煌々とした蛍光灯の灯りに包まれる中、ただただ無機質なシャッターだらけの空間が広がっていてぎょっとした。なんだかあまりにも不釣り合いで……。でもこの蛍光灯が暗かったりしたらもうそれはホラーゲームの世界観すぎるんだよな…。


・トイレを借りようと中に入る、トイレのある方向へ向かうとどんどん暗くなっていって、行き止まりに大きなシャッターがあって、これはもうホラーゲームの世界観じゃん……と思った。年季の入った内観と、ドアに備え付けられた明朝体が、なんとなく怖い。トイレは綺麗だった。(ビルも綺麗だが)


・並木を見上げる。風に揺れる木の葉の動きが好きだ。枝のふわふわ揺れる感じと、枝先に広がる葉のそわそわ動く感じ。全校朝会の、長え話に耐えかねた子供のそわそわ感に似てて好きだ。


・街の光が激しい道を通る時、いつも"はわわ"という気持ちになる。すれ違う時のタバコの匂いに"はわわ"、となる。後ろから追い抜くアルコールの匂いに"はわわ"、となる。道の脇で大きく高い声で笑うお兄さんを追い抜くときに"はわわ"、となる。イヤホンの音楽を突き抜ける、ギラギラした広告車が通るときに"はわわ"、となる。はわわ…はわわ……という気持ちでとてとて歩く。


・自販機とかガチャガチャが目に入ると、たまに足を止めてじっと見てしまう癖がある。特にガチャガチャは、予想以上の驚きを提供してくれるので見るのが凄く好きだ。今日見た中で印象的だったのは、蟹戦車、スナイパースズメ、偽サファリ。なんだそれ、なんだそれ……。堪らなく好きだ。


・自販機に置いてある、なんたらソーダがポタージュソーダと空目して二度見してしまった。なんたらソーダが一体なんのソーダだったのか、ずっと気になる。戻って確認すりゃよかったな。


・昨日バイト先の先輩から電話があって、最近大丈夫かという旨の話をされたので、家に帰る前にバイト先に寄った。何話したか忘れたけど、抱え込まないでねと言われた。自分は、しょうもない人間なので大丈夫しか言わなかった。こういう時、なんて会話をすればいいか、まだ自分にはわからない。


エピローグ


今夜は月が綺麗だった。月を見上げながら歩いた。どれだけ歩いても月の位置は変わらなくて、それがとてつもなく心細かった。自分は本当に歩けていたのだろうかと。
人生もそうなのだろう。目標を見上げながら歩いていると、その目標は全然近づきも遠のきもしていなくて、本当に自分自身が進んでいるのかわからなくなる。
でも、月の位置が変わらなくとも、歩けば見える景色は変わる筈だ。ホスト街だったり、ビジネス街だったり、繁華街だったり。自分は色んな場所を歩いている。ちゃんと帰路を歩いている。

もう午後の紅茶ミルクティーは冷え切っていて、両手で包めども、もうそこに温かい温度は存在していない。なんとなく、あのふわふわした甘さが遠く感じてしまった。温度で味そのものが変わるのではなく、自分の味の感じ方が温度で変わるのだろうな。家に着いたら暖房を少しだけつけよう。そしてまた微睡みの中であの甘さを思い出して眠るのだ。


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