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蛇ありきて肝をはむ

 わが腹のうちなる蛇(くちなは)ありきて肝をはむ

 『蜻蛉日記』の一節である。私は、これを、新詩集『水栽培の猫』に収めた『のゝ字』という詩の冒頭に置いた。
 『蜻蛉日記』の作者、道綱の母は、自分の腹の中を蛇がのたうち回って内臓を食べてしまう夢を見る。道綱の母は、NHKの大河ドラマ『光の君へ』にも登場している。藤原兼家の妾で、息子の道綱は、道綱の異腹の兄にあたる。ドラマでは、温厚な中年女性の設定に見えるが、実際の彼女はそうではない。本朝三大美人と目される絶世の美女で、『蜻蛉日記』を残すほどの才媛。上流貴族にとって一夫多妻が当たり前の世にありながら、「三十日三十夜は我がもとに」と口にするほど自尊心の高い女性である。蛇の夢については、吉夢か凶夢かわからないと日記に記しているが、性的な匂いもする。兼家を独占し得ない煩悶の顕れではないか。
 私の詩『のゝ字』は、「こゝろだけになりました」で畢わる。


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