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女友達

 女友達と、平和公園を散策した後、近場のタリーズで休憩することにした。コーヒー二つ、卓に並べて、いただきますをしようとした矢先、彼女が突然立ち上がって、私の髪から何かをつまみあげた。一寸ほどの芋虫が、私の頭に乗っかって、公園からタリーズまで、お供していたのだった。コーヒーを混ぜるスティックに虫をのせて、私達はそそくさと店を出て、再び平和公園に向かった。芋虫の嗜好は不明だったけれど、いちかばちか躑躅の葉にのせて、顔を見合わせて笑った。芋虫の五分の魂を守るために、女二人、真剣だった。
 彼女は不意に私に向かって「呉弁で、『かんにん』言わんよねえ」と言った。呉を舞台にしたアニメ映画『この世界の片隅に』の最初のシーンに「かんにん」という台詞があるらしい。「『こらえてや』よねえ」と、腹立たしげだった。東京に住む彼女は、施設に入っておられるお母様に会いに、定期的に帰省する。お母様は、認知症がおありだが、娘の事が、今のところはお分かりになるという。彼女にとって、ふるさとの方言は、ご家族と過ごした幼い日の思い出そのものに違いない。「『こらえてつかあさい』じゃわいね」と、私は応えた。
 帰宅して、調べたら、芋虫の正体がわかった。「躑躅の天敵、シャクトリムシ」である。私と女友達の判断に狂いはなかった。

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