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うめのしとみ詩集『どきん どきん』

  うめのしとみさんの第一詩集『どきん どきん』、25篇の詩を収録。「どきん どきん」と題した詩はない。「初めての詩集です。心臓が〝どきん どきん〟と脈打ちます。(中略)だから、いつまでも、私の身体は〝どきん どきん〟と震えております。」というあとがきもしゃれている(私は、後書きも含めて一冊の詩集だと考えるが、定番お礼の言葉みたいな後書きの何と多いこと!)目次には「あたま て あし しっぽ」「野口五郎で待ち合わせ」など、魅力的なタイトルが勢ぞろい。とても第一詩集とは思えない完成度の高さだ。それもそのはず、うめのさんは詩歴45年の大ベテランなのである。

ノラネコ
 
昨日そこに
肌色の腸が長々とのびていた
頭蓋骨は二つに割れていて
眼は
赤い血の絨毯の中で開いていた
足には
自慢の爪がないと思ったら
今日冬の空に三日月形に浮いていた
背中におぶった次郎が
「月だ」と言ったけれど
あれは爪だ

ふたたび降り出した雪が
それを隠してはいるけれど
あれはするどく光ったネコの爪だ
昨日そこでひかれて死んだ野良猫の爪だ
              (全文)

 うめの詩の特徴は、乾いた抒情にある。うめのは、死んだ猫について、センチメンタルな台詞は吐かない。敢えてグロテスクな描写をする。これが野良として生き、野垂れ死ぬものの現実なのである。自慢の爪がない、つまり、わずかな抵抗さえ赦されず、猫は車に撥ね飛ばされたのだ。降り出した雪は、骸の上にも降り積んで、無残な光景を、真っ白な世界に塗り替えるはずである。火葬でもない、土葬でもない、美しい雪葬である。そのありさまを、三日月が静かに見守っている。
『ふたたびの風』の「村の中心のあなたの胸から腹からとれた/故郷の村人は競ってあなたを売った」「ダンプカーがあなたを辱め/丈は縮まり腹や尻から赤土の臓物が流れ出た」、『葵町』の「市営住宅の跡地の黒々とした土地を/掘って掘って掘って/身体を真っ二つに開いてさらす」のような大地を肉体に比喩した表現は、個性的で生々しい。
 『彼は私の兄で』では、死に目にも会えなかった兄のことを書く。悲しいテーマだが「彼はいつまでも町の人ごみの中にいるような/気がします/ほらそこに  前を歩いて行く」と、ぽっと灯をともすような終わりの1行。言葉の魅力を最大限に活かした本詩集に、どきんどきんした。


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