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依田義丸詩集『連禱』 

 依田義丸さんの奥様、依田真奈美さんから詩集『連禱』をご恵贈頂いた。闘病中でいらした依田さんは、詩集を纏め了えたものの、完成前の3月14日に帰らぬ人となられた。どんなにか口惜しかったろうと、お察し申し上げる。依田さんとは面識はないが、1948年生まれ、京都大学出身とのこと。私の夫と年齢も大学も同じでいらっしゃる。どこか他人と思われない心持ちで、詩集を拝読した。
 収録された19篇の散文詩は、いずれも死への恐怖と覚悟がテーマになっている。中でも、私が最も好きだったのは『胃中の蝶』。「目を覚ますと、水を叩くような妙な音が聞こえてきた。それは、どうやら体の中から聞こえてくるようだった。」で始まる。作者は胃を患っておられたのだろうか、音を辿って行くと、胃の中で、「巨大な紋白蝶が羽をばたつかせている。」病の進行を紋白蝶の姿に重ねて、凄絶に表現する。最終連を、全文あげさせていただく。

 次第に意識が朦朧となっていく。薄れ行く意識の中で、振り向いたぼくの視界に捉えられた長は、腐食が進んだのか、全身が巨大な黒色に変色していた。蝶は確実に死に向かっているのだ。蝶の最期の身震いがぼくにも伝わってくる。その刹那だった。蝶の体から抜け出るように巨大な黒い揚羽蝶が羽を大きく羽ばたかせて飛び上がった。黒い蝶は力強く飛翔をつづけ、やがて胃壁を突き抜けてなおも上っていく。蝶は不死の蝶として蘇ったのだろうか、ぼくにはわからなかった。ただぼくには直観したことが一つだけあった。蝶が飛んでいくその向こうには、きっとあの韃靼海峡が漆黒の闇に染められて、広がっているに違いない。
           (「胃中の蝶」第3連全文)

依田義丸様のご冥福を心からお祈り申し上げます


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