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廃屋の井戸
去年の夏、ウォーキングをしていて、廃屋に出会った。住宅地の一角、そこだけ時間が止まっていた。かつては、「邸宅」と呼ばれたであろうその家は、今にも崩おれそうに傾き、猛暑に漂う難波船のようだった。
9月になると、廃屋はフェンスで囲まれ工事シートで覆われた。危険なので解体が決まったらしい。何十年もの住宅ローンを組んで建てられた家かもしれない。が、それから3週間で、すっかり更地になった。その時、家屋に隠れるようにして、小さな井戸が存在していたことに気がついた。聞くところによると、井戸には神様が宿るので、きちんと供養してからでなけれは、撤去できないらしい。確かに、水は命の源である。
ひび割れた金属性の蓋を開けると、濁った水がゼラチンのように震えていた。「吹っ切れない思い」というのが、こっそり誰の胸の裡にも潜んでいる。それを、見せつけられたような気がした。
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