花びら時計
てのひらをくぼめて待てば青空の
見えぬ傷より花こぼれ来る
(大西民子『無数の耳』より)
歌集『無数の耳』は、1966年発行。空には傷口や小さな穴があると、私も感じる。そのことを書いた詩が、いくつかある。
コバルトブルーを飛行機雲がびりりと裂いて
疵口からあふれるものを目で追いかけ
追いつくまもなく消えてしまうから
泣きたくなる
(『犬』第2連・詩集『水栽培の猫』)
朧月に見えたのは、空の穴だった。ちくたくちくたくちくたくちくたく。春は時限装置です‥
(『しっぽ』部分・詩集『水栽培の猫』)
沼のまわり。輪になって咲くさくらの木のいずれかが、わたしの父親であることは知っていた。
「満開のさくらの根の動脈に絡め獲られた女の胎内から生まれたのがわたしです」
(『亀鳴くや』部分・詩集『道草』)
私は4月生まれだ。誕生日の頃、ちょうど桜が散り始める。しめやかに降る花びらは、空の疵口からこぼれているのではないかしら、と思う。花びらに見えるそれは、微塵になった夢の片で、まぁるく透き通った春の底に向かって降りしきる。やがて、溢れるほどになって、夢に溺れそうになった時、くるりとひっくり返って夏が来る。花びら時計を私は、ノースリーブのワンピースのポケットにしまい込む。
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