思い出のレース ~2016 有馬記念~

こんにちは!Likingの木崎です!

今日は、僕の思い出のレース、「2016年 有馬記念」について語ろうと思います!これを見れば、有馬記念が大好きになります!是非最後まで読んでみてください!

有馬記念、、、それは競馬ファンにとって、一年の最後を締めくくるレースです。毎年クリスマスあたりで行われ、世間ではサンタが大忙しで仕事をする中、僕たち競馬ファンは真冬の午後3時半に、凍えながらもわざわざ近くの競馬場に行って、レースの瞬間を待つんです。

それをするだけ有馬記念は特別なのです。空気感がほかのレースと全然違うんですよね。これを感じれるのは有馬記念と日本ダービーだけです。このレースへの騎手や馬主、競馬ファン等、競馬が好きな人それぞれの想いが重なって、そうさせるんだと思います。僕はこれを味わえるのは競馬だけだと思ってます。

僕はその当時は中学3年生でした。受験勉強真っ最中の時期、もちろん両親は「今年はテレビで観戦ね!」っていうんですが、これだけは譲れない。有馬記念だけは、競馬場でみんなで声をあげて応援するあの中にいたいと2016年ずっと思っていたので、ものすごい勢いで「いや絶対無理!!!」って言ったのを覚えてます。これを聞いた両親は、あきれた顔で「これ終わったら勉強すんだよ!」と了承してくれました。よかったよかった。

その年の有馬記念は、いわゆる「三強」ムードでした。競馬は現役最強馬が2年で引退するため、二年に一回世代交代なるものが起こります。そのレースはまさに、世代交代が起こるかどうかのターニングポイントとなるレースでした。

1強目の2016年3歳世代代表のサトノダイヤモンドは、「史上最強世代」と言われた2016年世代の中、頂点を決める皐月賞、日本ダービーを3着と2着。歯がゆい結果の中、このまま脇役になるのかとまで言われていたサトノダイヤモンドは、夏を越してとんでもない成長をするのです。

最後のクラシック三冠目は菊花賞。これを圧勝するんです。今までの惜敗が嘘だったかのような突き放し方、まさに衝撃でした。ダイヤの模様のある顔が、いつもより涼しい顔に見えました。

そして有馬記念へ。3歳で勝てば、間違いなく日本競馬を背負う存在になる。そう感じさせる馬でした。これからどんな馬になっていくんだ。もし負けたとしても、これからまだまだ成長すると考えたら、歴史を塗り替えるような馬になる可能性だって全然ある。そう考えたら、わくわくが止まらなかったです。

2強目は、2015年3歳世代のキタサンブラックです。3歳時は、菊花賞を勝って、有馬記念3着になるなど、間違いなくトップクラスではありました。ですが、地味な勝ち方、一流ではない血統から、トップ「クラス」どまりの馬というイメージで、この馬が後々「トップ」になるとはだれも想像してませんでした。そして、逆襲の4歳へ。まだG2だったころの大阪杯で、スーパージョッキー武豊に乗り替わり、2着した後、物語は始まっていきます。

G1天皇賞春では、カレンミロティックに先頭を譲ったとき、誰もが終わったと思いました。直線で交わされた馬が勝つことは、並大抵の馬にはできないからです。馬が精神的に、「あ、もう無理」って諦めてしまうんですよね。しかし、キタサンブラックだけは諦めていませんでした。その状況からただ根性だけで先頭を奪い返して、その瞬間がゴール。4センチの差で勝利をつかみました。純粋な強さではない、泥臭い勝ちです。オグリキャップやナリタブライアンのような名馬と同じです。

その後、だんだんと世間の評価も「やはり強い」「本物ではないか」とだんだんと変わっていきます。もう誰も、「地味な馬だ」と言う人はいなくなってました。京都大賞典で生涯初めての一番人気になります。ここを危なげなく勝利してジャパンカップへ。当時日本最高賞金を誇るこのレースで、キタサンブラックは圧勝します。最初から最後まで先頭を譲らない、直線で突き放すサイレンススズカのような圧倒的なこの勝利で、現役最強馬の称号を名実ともに手にします。挑戦者の立場から迎え撃つ立場になって、有馬記念に向かっていきます。

そして最後は、ゴールドアクターです。2014年に3歳の世代です。この馬は、他2頭と違って、春の皐月賞、日本ダービーは出ることができなかったのですが、夏に急上昇し、2連勝をした後、秋の菊花賞で3着になります。

「期待の新人誕生だ!」と騒がれたのですが、ここで悲劇が。骨折です。9か月の休養で、4歳になって始動したのは、なんと2015年8月。春のシーズンを棒に振って、また下からのスタートです。「また惜敗続きに逆戻りか...」と誰もが思いましたが、この時のゴールドアクターは、もう以前とは全く別の馬になってました。瞬く間に3連勝で、G2のアルゼンチン共和国杯を制覇します。そして、前年の有馬記念でも勝利し、一気に日本の頂点に立ちます。

2016年に入り充実一途かと思われました。2016年はゴールドアクターの年だと信じて疑いませんでした。しかし、競馬界は残酷です。また苦しい1年になるんです。G2は勝てても、頂点のG1は12着、4着。有馬記念で下したキタサンブラックには2戦2敗という結果。もどかしい1年の中、気づけば、1年前に勝利した有馬記念の季節に。ですが、勝機は十分にありました。この有馬記念が行われる中山競馬場では、G2で2勝、G1で1勝。中山競馬場が得意な馬なんです。そして何と言っても、前年の覇者。ここで感動の復活なるかという感じでした。

この3強となった2016年有馬記念ですが、1番人気はサトノダイヤモンド、2番人気がキタサンブラック、3番人気がゴールドアクターという感じで、みんな世代交代が起こるのを期待してました。僕は、低い評価を全部覆して、王者になったキタサンブラックが大好きだったので、キタサンブラックを応援してました。

僕は愛知県に住んでたので、近くの中京競馬場に行ったのですが、競馬が開催されているわけでもないのに物凄い数の観客がいて、その全員が「有馬記念はだれが勝つかねー」と話し合ってるんです。普段味わうことのない非現実的な状況で観戦できることが、すごくうれしく感じました。キタサンブラックの話題を小耳にはさんだり、新聞にキタサンブラックと書いているとすごく興奮しました。笑

そんな中で、だんだんと有馬記念の発走時刻へ近づいていきます。観客の人たちは競馬場の中央にあるものすごくでっかいスクリーンの前に集まって、ぎゅうぎゅうになりながらレースを観戦します。発走を知らせるファンファーレが流れると、その場にいる全員で新聞をたたいてリズムをとり、「ぱぁん! ぱぁん!」という大きな音が競馬場中にこだまするんです。競馬場に集まった人が一体になるようなあの数十秒間、僕は、ここに来てよかったと感じるんです。

そして気づいたらレースがスタートします。ファンファーレが終わってからレースが始まるまでの時間は本当にあっという間。余韻に浸っていたらおいてかれます。

レースは最初、逃げ戦法が大得意のマルターズアポジーがどんどん離していって、キタサンブラックは二番手に、ゴールドアクターは、その後ろにピッタリとマークしていく形になります。そして、サトノダイヤモンドはそのもっと後ろの中団あたりでレースを進んでいきます。

1000mを過ぎたあたりで、サトノダイヤモンドが動きます。なんと一気に先頭集団のキタサンブラックの真後ろまで上がるんです。ここでキタサンブラックは焦ります。「なんか上がってきた!ペース上げないと!」といった感じですね。ですが、あと1500mもあるのに、ペースを上げてしまったら、持つわけがありません。武豊騎手はそれをわかってますので、抑えようとします。ここで、騎手と馬の呼吸が乱れるんです。結果的にスタミナを消耗してしまうんですね。

一方、サトノダイヤモンドは、キタサンブラックを乱した後、すぐにポジションを下げ、スタミナを貯めます。サトノダイヤモンドは、騎手の指示を素直に聞くため、スタミナを抑えながらレースを進められます。ゴールドアクターも内を回りながら、息ピッタリでレースを進めます。

最後の直線までの時点では、サトノダイヤモンド、ゴールドアクターがかなり有利。絶好の位置から前のキタサンブラックを捉えようと、すごい勢いで上がってきます。「これはゴールドアクターとサトノダイヤモンドの一騎打ちだ」そう思われました。しかし、なんとキタサンブラックはもうひと伸びしていきます。3頭のデットヒートになって、3頭とも一歩も譲れない争いに。この状態で200mほど死闘を繰り返し、ついに残り100mで、ゴールドアクターが力尽きます。ここで2頭の優勝争いに。キタサンブラックかサトノダイヤモンドか。坂をすごい迫力で上がっていきます。パワー、根性のキタサンブラックは、ここでもその強みを生かし、芝をえぐるようにぐんぐん進んでいきます。残り50mを切ってもまだ先頭はキタサンブラック。一回も他2頭を抜かせません。ですが、坂を駆け上がった瞬間、サトノダイヤモンドの、圧倒的なスピードが火を噴きます。一気に差を詰め、鼻筋が並んだところでゴール。正直どっちが勝ったか全くわかりませんでした。

勝利の女神がほほ笑んだのは、サトノダイヤモンドでした。最後の10mほどで交わし切ったのです。その瞬間、世代が変わり、サトノダイヤモンドの時代到来だと、皆で喜び合いました。「おめでとう!サトノダイヤモンド!」寒空の中、皆で叫びあい、この年の有馬記念は終わりました。

ああ、これで一年が終わるなあ。そう思いながら、僕は受験生だったことを思い出し、泣きたくなりました。

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