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本の営業について考える/推される本の話。

 ※ここで書いていることは、私が自分の知っている範囲のことで考えた推測です。

 先日、出版社の営業の方のご意見を目にする機会があり、それをきっかけに色々なことを考えました。というか、今でも考えていて、自分の中で纏まっていません。

 だから、まとめるために文章にしているところです。

 さて、その営業の方のご意見というのは、こちらです。

「出版社の営業が優先して売る(推される)のは今売れている本です」。

 最初に言っておきますと、このご意見は実にごもっともなことで、何も間違っていないと思います。それは営利団体である出版社の利益を狙う営業担当者としても、文化を創造し伝えるクリエイティブな世界で働く人としてもです。

 また、基本的に出版社は自社製品であるすべての本を売るために努力されていると思いますし、それは一小説家である私からすれば大変ありがたいことです。したがって、ここでいう「推されていない」「推されている」というのはあくまでも便宜的・相対的なお話です。

 さて、それをふまえて「推さている本」は「今売れている本」という話について。

私個人としても、とても納得できます。書店によく行かれる人や、あるいは本の通販サイトをよく見る人なら誰にでもわかることです。

 書店で平積みされているのは、出たばかりの新刊を除けば『前から売れている本』ですし、POPや拡材、あるいは読書メーターなどでの販促、キャンペーンなども、基本は『すでに売れている本』を対象に行われてますよね。部数が多く刷られていてたくさん書店に並んでいるということ自体も含め「出版社に推されている本」です。

 一方で、そういう営業や宣伝があまりなされない本もあります。少ない部数を出版され、書店には一冊だけ配本されて棚差しされ、目立たないからあまり売れずに、返本されて裁断され、世間から忘れられていく、そんな本があります。

読めばとても面白い、素敵な物語だったとしてもです。


 これは個人的には寂しいですし、人によっては「不公平じゃねぇか!」と思うこともあるでしょう。

 でも、これは仕方がなく、ある種当然のことです。2021年現在、本というのはそれほど売れる商品ではありません。ソーシャルゲームや動画投稿サイトなど、様々なエンタメが消費者の可処分時間を奪い合う現在、本というのは昔ほどの市場規模はないでしょう。

 数えきれないほどの本が刊行されるなか、一握りの「売れている本」というのは、売れる理由があったものなのですし、知名度が高いです。ゆえに今後も売れる確率が高く、求めている消費者も多い。なのでより力を入れて営業する。

 営業するにはお金も労力もかかるので、有限な資本しか持ちえない出版社がすべての本を推すことはできませんよね。だから、推す本を選ぶ必要があり、選ぶのならば『売れている本』にすべきです。

 また、そうやって営業して「売れている本」がさらに売れれば、出版社はお金を稼げます。お金を稼げば「売れるかどうかわからない新作」に割けるリソースを確保できます。

 「売れるかどうかわからない新作」にリソースを割くのは投資、バクチです。販促費をたくさん書けたのに全然売れなければ赤字が大きくなってしまう。そんなバクチをするためには、資本がなければいけません。

「売れている本」をよりたくさん売ることで「売れるかどうかわからない本」に張るための原資を稼ぐ。分かりやすい構造です。なにも間違っていません。

 営業というのは、いわば武器や兵器のようなものです。用意できる武器の数に限りがある以上、戦場では武器を強い人に持たせた方がよいでしょう。ヒョロガリにハンマーを持たせるよりはマッチョメンに持たせた方が役にたつし、ガンダムにはハヤトではなくアムロが乗るべきです。



 「売れている本」を推し、「まだ売れていない本」は推さない。これが基本です。結果として出版物の売上格差は大きくなるでしょうが、それは仕方のないことです。というお話でした。

 で、私はここまでの理屈をおさらいして考えたうえで、何かモヤモヤしました。

 「それはお前の本がそんなに推されてないからだろ?」あるいは「お前の好きな本が推されなくて打ち切りになったからだろ?」と自問してみます。

 たしかに、一応小説家である私の本は、本屋大賞受賞作とかアニメ化作のようにたくさん並んではいません。また、好きな小説があまり力を入れて売られていないようにみえて、そのまま打ち切られて哀しかったこともあります。

 トマトが爆発的に流行っているとします。そんな中、キュウリ農家は一生懸命キュウリを作っています。でも八百屋さんはトマトを気合入れてディスプレイしていて、キュウリは片隅に転がっている。八百屋さんは胸を張って言う『トマトを売るのが正しいからトマトを推すんだ! キュウリ? キュウリは二の次!』

 八百屋さんの正しさや気持ちはわかりますが、キュウリ農家としては辛いです。キュウリだって美味しいし、いつかはキュウリの時代が来てほしいと願います。

 でも、私がモヤモヤしているのはそういうことではありません。寂しかったり、キュウリを推してほしいと願うのはあくまで私の立場や好みありきのことです。そんなしょうもないことではなくで、なんというか、構造的な疑問が湧いた、というほうが正しいです。

 また、その構造のなかでキュウリが推されるためにはどういう道があるのだろう? ということです。

疑問。
「推されるようになる」のは、「推さなかったけど売れた本」?

 本というのは、今や単に書店に陳列しただけではなかなか売れるものではないでしょう。だからこそ、営業の人が頑張っているはずです。ですが、さきほどの理屈だと「推す本は売れている本」です。

 「推す」というのは本を売るための行為。しかし、推すのはすでに売れている本。禅問答のようです。

 これだけを素直に受け取るのであれば、「特に推していなかったけど意外にも売れた本」が偶発的に発生したときに始めて推すことになります。

 もちろん、そういうケースはあるでしょう。有名人がブログで紹介したなどの幸運とか、時流によるものとかによって最初の関門(ちょっと売れた)を突破した本を営業が推すことによって、すごく売れる本に育てていく、というようなことです。

 なんかこう、ドラフト下位で指名したピッチャーが予想より使えるヤツだったので、目をかけて育成する、的なことですね。球団からすれば儲けものです。金をかけてないのに、金を稼いでくれたわけですから。

 では、そうでない場合は? 意図しない要因によって最初の関門(ちょっと売れる)を突破する本が現れないときはどうなるのでしょう?

営業部員は、手をかけてなかったけどラッキー的に売れる本が出るのを待っているのでしょうか? 

 そんなわけはないはずです。さきほどの理屈でも「売れる本をよりたくさん売ることで、将来的にバクチする資金を稼ぐ」という話もありました。では、このバクチを仕掛ける条件とはなんなのでしょう。要するに「まだ売れてないけど推す」本とはなにか? ということです。

ちょっと考えました。で、いくつかの例を思いつきます。

① 発売前からすでにファンがいる作品
 これは要するに有名芸能人が書いた本とかなどですね。あとはシンプルに人気作家の新作。東野圭吾とか村上春樹の新作ならまず間違いなく売れるでしょう。
 あるいは、小説投稿サイトで人気の小説などもこれに近いと思います。さすがに東野圭吾作品ほどではありませんが、売れる確率は高くなるでしょう。

 こうした本は発売前から売れる可能性が高いとわかります。出版社さんは同じくらいのポジションにいる芸能人の過去本の売り上げとか、東野圭吾の本の売り上げのデータなんかも把握しているでしょうから。そうして客観的なデータをもとに営業にかけるエネルギーを決めることも出来ます。

つまりは「売れている本」に近い。だから推す。
 と、いうことですね。これは「すでに売れている本を推す」よりはリスクが高いですが、それでもなんの根拠もないバクチ、というわけではないですね。数字に基づく合理的な判断です。


 ②受賞作品
 ここでいう、受賞作品というのは例えば電撃大賞とか小学館ライトノベル大賞などの新人発掘の意味がある賞です。直木賞や本屋大賞も受賞作品ですが、そういうのはそもそも売れている本なのでここでは除外して考えます。

 さて、ライトノベルの各レーベルが主催している賞なんかは、それなりに推されている感じがしますよね。書店で平積みされていることも多いし、SNSやPOPでの宣伝なんかもよく見かけます。メディアワークス文庫なんかは受賞作に有名声優を起用した宣伝PVなんかも作成しています。
 こうした新人賞を取ったデビュー作を推すのはどうしてでしょうか? 
 理由は二つあると思います。


 一つ目は、その賞自体にある程度のパワーがあることです。
 『電撃大賞受賞作は毎年買う』『ガガガ文庫の受賞作はとりあえず読んでみる』みたいな層は確実にいるし、受賞作品であるということが一程度の面白さの保証になっています。
 だから売れる可能性が高いわけです。だから推す。過去の受賞作の売り上げから、どのくらい売れるかもある程度推測できるでしょう。
①の「発売前からファンのいる作品」と似てますね。

 理由の二つ目は、そのレーベルとしても受賞作を売りたいということがあげられると思います。新人賞作品というのはそのレーベルの顔です。これが売れて、アニメ化とか映画化とかされたりすればその新人賞に箔が付くし、そうなると今後もレベルが高い作品が応募されてくる可能性があがります。

レーベル自体の権威付けにも一役買います。デビュー作が売れた受賞作家さんは、その後も新作でレーベルの売り上げに貢献してくれるかもしれません。


 また賞を開催するには莫大な予算と労力がかかるし、受賞作の選出は編集者さんたちが自身のセンスと選球眼で行うわけです。これはいい本だ、という確信もあるでしょう心情的にも『売れてほしい』と思うのは当然のことでしょう。だから推す。


 この理由は、これまでの『売れる確率が高いから推す』とは違いますね。売れそうだから、ではなく、売りたいから推すわけです。客観的なデータからの確率論ではなく、心情的な理由と言えそうです。



 さて、ここまでの「まだ売れてないけど推される本」には共通して、過去の数字と客観性に基づく『売れそう』という要素があります。しかし、世の中にはそういう要素がない(と、判断される)本が無数にあります。圧倒的にこっちのほうが多いはずです。

 ネットでの人気は今一つだけどギリギリ書籍化できた作品、あまり売れていない作家の新作、未受賞の拾い上げ……。こうした本は、先の例に比べるとあまり推されていません。だから売れる確率は下がってしまいます。

 以前、あるプロ作家さんがこんなことを書いていたのを目にしたことがあります。「デビューは賞を取ってからすればよかった」。あるいは別の人のこんな意見「デビューのチャンスはあったけど、それに乗らずに受賞まで待ってよかった」

 これは、「推される」という有利な状態、武器を持った状態でのスタートを切ることで、売れた実績を作り、その実績から「推される」状態をキープするのがベターだった、ということを言いたかったのではないかと思います。たしかに、勝率はあがるかもしれませんね。

 では、「すでにデビュー済みだけど売れているわけではない作家」あるいは「今度デビュー予定だけど、数字的な売れる根拠がない作家」に位置している人はどうしたらいいのでしょうか?

 この人の過去作は売れていない⇒だから売れる可能性が低い⇒だから推さない⇒やはり売れなかった⇒次も推さない。このルートに入ってしまった人は、出版社に推されるためにどうしたらいいのでしょうか?

 もちろん、売れればいいのです。とくに推されていない本でも、発売直後なんかは平積みされていることもあるし、そこから売れていく、というパターンもあるし、読者さんの口コミで売れていく、ということも無くはないですし。

 『営業』『推し』という武器を持たなくても、生身で戦場に出て、素手で殴りかかって勝てばいいわけです。ガンダムに乗らずとも生身でモビルファイターを破壊した東方不敗先生のように、実力を戦場で示すのです。そういう作品は『期待は低かったけど売れた本』となり、その後は推されるようになるはずです。

 でもここで話題にしたいのは、そういうことではなく、「現在までに売れていない人が」「過去実績による数字的・客観的な売れそうという根拠なく」推されるにはどうしたらいいのか? そんなことはありえるのか? という話です。

 これもすこし調べて考えてみたのですが、そのように見える本の例がいくつか見つかりました。

 この記事をこんなところまで読んでいる人は、かなり小説に興味があり日常的に書店に行く人だと思います。なので尋ねますが、こういう帯やキャッチコピーの新刊、あるいは書籍紹介記事を見かけたことありませんか。

「編集部のイチオシ」
「衝撃のデビュー作」
「今年一番の勝負作」

 ありますよね? 実際の本のタイトルについては言及しませんが、わりと見かけます。


 そういう本の著者について調べてみると、特に受賞していない新人のデビュー作だったり、それまでにあまり売れていなかった作家さんの新作だったりします。もちろん、発売時点では売れている実績があるわけではありません。

 書店などを回ると、こういう本はわりとたくさん陳列されていることがわかります。(ある程度経験があれば、書店の様子でこの本の初版が大体何万部くらいなのかなんとなくわかります)。

 さらにPOPが作成され、紹介記事がダ・ヴィンチニュースに掲載されていたりします。


 発売されたばかりの、売れた実績がない本が、どうみても「推されている」のです。

 ここまで書いてきた「推される本の条件」。すでに売れている、発売前からファンがいて売り上げが見込める本、とは明らかに異なる本が推されています。

 これは何故でしょうか? また考えてみました。多分、理由は二つです。

 理由1 過去実績による根拠はないし発売前からファンがいるわけではないけど、売れそうだから。

 「売れそうな気配」がする本って時々ありますよね。すごいどんでん返しがありそうなミステリとか煽情的なタイトルとか、流行りにジャストミートしてるとか、マーケット需要にマッチしているとか、それよりは優先度低いけど内容がとても面白いとか。

 これは売れそう、そして当たるとデカそう。編集者がそう判断して営業部とかけあったり、あるいは営業の人が嗅覚でそれを察知して、いずれにしろ会社として合意がとれたから推す、そういうことなのだと思います。
 過去実績や著者の人気とは別に、出来上がった本自体のポテンシャルとして『売れそう』を示した本の一部が推されるのでしょう。


 理由2 売れそうかどうかはわからないけど、売りたいから

 逆に、あまり売れ筋とは思えないけど推されてる本もたまに見かけます。私はそういう本を覚えておいてあとから調べたりもするのですが、売れ行きがあまり伸びていない(しかし推され続けていたりもする)ケースもありました。


 これはかなり不可解だったのですが、そういう本からは編集者、あるいは出版社の情熱を感じ取れることが多かったです。


 「この本は素晴らしい」「編集者の大本命」「これが売れなければ編集者を辞めます」。宣伝文句や書籍紹介記事でそういう風に言われている本。

 内容が編集者の心に深く刺さったから、いい本だと判断したから、売れ行きに関わらず大きく売り出す社会的・文化的意義があるから。売れそうよりも売りたいが強い、そんな匂いがするのです。

 編集者も人間ですから好みの本もあるでしょうし、そういう本に力を入れることはごく当然のことだと思います。

 もちろん、「売れそう」という判断ありきのことかもしれません。あるいは、その本自体ではなく、過去に発売された似た本や、他社から出ている同ジャンルの売れ線、その他マーケット情報からの勝機を見出しているのかもしれません。

 ですが、そこにはデータや可能性を超えた人の想いを感じます。(私はですよ)

 初版部数は編集部と営業部によってなる部決会議で決まるそうですし、営業戦略も二部署の調整によって進むものでしょう。部内で力のある部員が、力強く推す本、というのは市場でも推されるのだと思います。そこに過去実績による根拠がなくてもです。

 漫画の『重版出来!』で、そういう本が出てきました。「たんぽぽ鉄道」という漫画です。

 その時点ではあまり売れてないタンポポ鉄道ですが、作中の登場人物は「こんなにいい漫画が売れないなんて許せない」と社をあげて大体的にフェアを行い、書店員とも協力して、激推しします。そしてベストセラー漫画へと育っていきます。

 「なんでこんな漫画が売れたのかわからない」という心無い声に、登場人物は心の中で答えます。「『売れた』んじゃない。俺たちが『売った』んだよ」。

 熱い展開ですし、羨ましい話ですね。タンポポ鉄道の営業に登場人物たちが奮闘している間、相対的に力を入れられていない別の漫画が打ち切られているであろうことは気にしない方向でいきましょう。

 結論として。


 考えをまとめてるためにつらつらと長文を書いてきましたが、でもここで書いたことはあくまで推測です。そして推測が当たっているかどうかは、私にはあまり重要なことではありません。


 大切なのは、一応の理屈がなりたち、私自身が「そうなんだろうな」とある程度納得できたことです。「まだ売れてないけど推される本」は考えうる理屈のなかではこれです。

 さらにこうなります。


Q:出版社に力を入れて営業されるには、推されるためには、どうすればいいですか?
A:売れていればいい
A2:売れそうであればいい。(NEW!)
A3:売れそうかわからないけど、売りたいと思ってもらえばいい(NEW!)

 A2ないしA3を目指すということで俺は納得たぜ!ということです。

 ガンダムに乗せても戦果を上げそうだと思ってもらえるくらいのパイロット技能を示す。


 トマトが爆売れしている世界の八百屋さんが、力を入れて売りたいと思えるくらい美味しいキュウリを作る。

 こういうことになります。A2やA3はAほどの効果はないかもしれませんが、影響は皆無ではないでしょう。

 また、これには編集者や営業担当者の情熱や好み、相性、タイミング、マーケットの動きといった運に作用される部分もありますが、人間関係や時流に影響を受けるのはどんな仕事でも同じです。

 そんなわけで、美味しいキュウリを作れるよう、Zガンダムに乗れるよう頑張ればいいね、運もあるけど、目指すのは無駄ではないよ多分。という話でした。

 売れてない本が推されるためには、売れそうな、いい本を書こう。


 長文のわりに、当たり前かつ単純で『そんなの知ってたよ』かもな結論なのですが、私は自分的に考えたうえでの結論が出ないとなんかイヤなのでつらつらと書きました。この結論をむねにうっすらと頑張ろうと思います。

(※なお「売れそうな本」「いい本」「面白い本」「面白そうな本」は重なる部分はありつつも基本的には違うものだと思いますが、それはここでは言及しません)

 本当は公開するつもりもなく日記みたいに書いていたのですが、、もしかしたら、世界に3人くらいは読んで役に立つ人がいるかもしれないので読者を想定した文章に直してアップします。


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