劇場型鮨屋のおやじの話
今週のぜったいにつぶやけない話
「2019年1月第4週」
お客様を喜ばせる
自分が喜ぶのではなくて、相手を喜ばせる
ある方に頂いた言葉に
「あなたが得をするんじゃないんだよ、相手に得をさせるんだよ。実際は商売なんだからそんなことは無理なんだけど、そのつもりでやるんだよ。それが商売繁盛、一番の秘訣だよ。儲けようとしちゃだめだよ」
というものがある
ぼくが通うお鮨屋さんの中に麻布十番の「鮓 ふじなが」がある
もともと六本木の「江戸前鮓 すし通」の大将を務めた藤永さんが独立して開業した会員制の鮨屋である
会員制といっても年会費や入会金があるでもない
会員になるための明確な規定があるわけでもない
会員しか予約をすることはできず
他の人気店のように会員と何度も同席したからといって、自分が会員でない限りは次の予約を取ることができるわけでもない
しかし
そもそも会員とは何なのかはっきりしないので
どうすれば会員になれるのかなんてことすら、誰もわからない
この店はとにかく高級だ
それは当然ながら金額的に高級だという事
普通に飲み食いしても4、5万円はくだらない
それでも店は半年以上の間
毎晩二回転満席である
高級であることと高い
つまり割高であるという事に相関性はない
例えば500円の商品であったとしても
特に何の変哲もない
宣伝だけが大層な缶コーヒーであれば高いといえるし
このお店のようにお客を納得させることができる4万円であれば
そのお客にとっては納得いく値段である
大将は分解と再構築という言葉を頻繁に用いて
ぼくらに説明してくれる
食材の味わいや触感というものを頭の中で分解し
そこにもう一つの異なる食材の別の要素を重ね合わせて再構築する
三重奏といわれる
アオリイカにトロとウニをのせた握りも
名物であるトロたくキャビアも
その分解と再構築によって生み出された大将のオリジナルである
ぼく自身鮨はシンプルなものが好きだ
それは自分が貧乏な育ちだからというのもあるし
食の仕事を通して
よりシンプルに味付けされた食材そのままの味わいこそ「おいしさ」である
という認識からきているのかもしれない
シャリは甘すぎない方がいいし、小さめがいい
ネタはそのものの味わいがわかるほどにシンプルに処理されたものが好きだ
この店は
その対極の
そのまた一番遠いところにに位置する
それなのに
ぼくは通い続ける
おそらくこれから先も
大将に愛想をつかされて規定のない会員の権利をはく奪でもされない限りは
ずっと通い続ける
その理由は大将の考え方にある
さきほどの分解と再構築をしているとき
つまりメニューを考案しているときには
大将の近くに半人たりとも近づけないという
女将さんであるとてもお美しい奥様も
その鬼神のごとき大将に何度も泣かされたという
大将はおかみさんをとても愛していて
「お客さんごめんな、ほらかあちゃん裏に行け」
なんて言って
時折、
いや一日1回ほど余ったネタを握ってあげている
そんな大将もメニュー考案の際は
それはなんと頭の中だけで試作をせずに
まさに一歩も動かずドスンとにらみを利かせる鬼のように
直立不動のまま生み出すそうだけれど
周り近づくものがその恐ろしさに涙するという
そんな大将がぼくにくれた言葉の中で
ぼくの心を打ったものをいくつか挙げる
「美味いものを作ろうと、それだけだと独りよがりだね。
おれは一人でカウンターに立つし、手の込んだものを握るけれど
絶対に2時間ですべてを出し切る。
集中力なんて続かないでしょう、3時間もお客さんに付き合せちゃだめだよ」
たしかにテンポがいい
身近過ぎず長すぎず
とても心地の良い間合いで握りもつまみも供される
「コレクターと、それは技のコレクター。それと一つの道を究めたもんは違うんのよ。
たとえば師匠にね、正拳突きを習ったとするよな。
で、俺は1年間山にこもるから俺の教えた通り正拳突きを繰り返せと言われたとする。
でもな、たいていの奴はその1年間の間にほかの回し蹴りだとかさ、変なことをたくさん覚えようとするわけよ。
で1年たって師匠が山から下りてきて御前試合をすると
1年間ひたすら正拳突きをうってたやつにコレクターは1発でやられちゃうわけ」
「技というのはね、どんどんシンプルな方に戻っていくのよ。
俺の握りは派手だろう。それを求められているからな。
頭を悩ます。
でも仕事はシンプルなのよ。
握り方もシンプルで手数が少ない、だから早い。
一流ってのはね、どんどんシンプルな方に向かっていく。
でな、所作が美しくなっていくのよ」
中々も白い話をしてくれる大将である
なんだかビジネスとか人生を習っているような気になるんですね
会員制の劇場型鮨屋
賛否はある
でも僕は好きですよ
そんな大将のことが好きになれそうな人は
1回通えば心通わせて会員になれると思いますよ
ぼくがそうでした。笑
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