災害現場で活躍する自衛隊の課題前線で働く「士」がいない

災害現場で活躍する自衛隊の課題前線で働く「士」がいない
日経ビジネスONLINEに掲載された記事が削除されているのでここで掲載しておきます。

災害現場で活躍する自衛隊の課題

前線で働く「士」がいない
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110324/219123/?P=1

清谷 信一 【プロフィール】
原発事故東日本大震災定員財政自衛隊人件費津波医療地震

 このたび発生した東日本大震災に対応するため、政府は、派遣する自衛隊員の数を、当初の2万人から段階的に引き上げて5万人にした。それをさらに、首相の「鶴の一声」で一挙に10万6000人に倍増させた。

 だが、自衛隊には人的資源に致命的な欠陥がある。今回、それがなぜか全く報道されていない。


10万6000人動員体制は3カ月以上はもたない

 単に10万6000人を派遣するといっても、容易なことではない。その10万6000人を維持するためには、兵站などの維持に少なくとも5~6万人ほどの間接要員が必要である。このため、実質的に16万人ほどを、現状の定員約24.8万人から動員する計算になる。しかも実際には10万6000人がすべて現場に入っているわけではなく、市ヶ谷の防衛省で連絡業務に就いている人員なども含まれている。

 自衛隊が対応しなければならないのは東日本大震災だけではない。航空基地やレーダー・サイト、潜水艦部隊など、24時間即応体制を取っている部隊や組織も少なくない。また、アデン沖の海賊対策のために護衛艦を2隻、同じくジブチを基地とする哨戒機P―3Cを2機派遣している(基地の守備は陸上自衛隊)。そのほか、ハイチやゴラン高原などにも陸自の部隊を派遣している。これらの部隊の交代要員も必要だ。また東北地方では、自衛隊の部隊自体が被災したケースもある。被災した部隊は実力を発揮できない。

 こうした状況を考えると、自衛隊は持てる限りの人的資源を震災の救援に振り向けていると言って過言ではない。このため陸上自衛隊の即応予備自衛官にも初めて招集がかけられている(海上自衛隊と航空自衛隊には通常の予備自衛官だけで、即応予備自衛官は存在しない)。即応予備自衛官は約8500人。多くは招集できないだろう。恐らく10万6000人動員体制は持って3カ月、それ以上の継続は不可能だろう。

 現在現場は4勤1休体制を取っている部隊もある。1休といっても後方に下がれるわけではない。現場は遺体の収容作業などもあり過酷である。前線の部隊を入れ替える必要があるが、今のところその余裕はない。このままでは過労死する隊員が出かねない。

 10万6000人体制の看板を下ろし、戦線を縮小整理すべきだ。何でも自衛隊にやらせるのではなく、民間にできることは民間に移行すべきだ。また米軍に大規模な派遣を依頼してもいいだろう。


第一線で働く、若い「士」が足りない


このグラフの人数は、人員が急激に減る年度末実員を元にしている。より実情に近い年平均実員だと2万人程度になる。だが、その後、士クラスは7000人ほど減員されているので、現状はこのグラフに近いものになっている。
画像のクリックで拡大表示 自衛隊は人員構成に大きな問題を抱えている。ずばり言えば、軍隊で言うところの軍曹以下の兵隊がいないのだ。実際の「士」の隊員数は「士長」を除けば定員の4割強でしかない(グラフ1)。

 軍隊では、人員を階級ごとに将官、将校(佐官・尉官)、下士官、兵と区分する。自衛隊も同様に将官、幹部、準・曹、士と区分している。

 将官以下曹クラスまでは定員を充足している。だが士=兵隊に限っては定員の4割強しかいない。つまり単純計算ならば普通科(歩兵)1個小隊は定員30人の3分の2しかいないことになる。まさに、震災の現場では士の数が足りない状況にある。しかも、自衛隊は予備役の数が少ないので、大震災という「有事」において人的な補充ができない。そもそも曹に対して士の定員自体が少なすぎることも問題だ。

 加えて、自衛隊でも“高齢化”が進行している。若手である「士」の数が少ないために、自衛隊の平均年齢は2008年度で35.1歳と高い。ちなみに英軍は30.5歳と自衛隊よりも5歳以上も若い。また1991年度の自衛隊の平均年齢は32.2歳だったので、これと比べても高くなっている。
確かに「亀の甲より年の功」とは言う。また近年装備が高度化し経験の浅い士では装備に習熟できない。故に下士官の数を増やす傾向は世界的にある。

 だが、戦場や災害救助など「有事」の現場では、連日過酷な肉体労働を強要される。場合によっては何日もろくに眠れない場合もある。士は若いに越したことはない。このため平均年齢の若さは軍隊の精強さを測るバロメーターの一つとなっている。絶対数に加えて、平均年齢の面でも自衛隊は有事において無理が効かない。


簡単に辞めさせられる士だけを減らした

 この程度の士の充足率で、災害出動に支障が出ないはずがない。もっとも当の自衛隊や防衛省はこの「不都合な真実」を認めようとはしないだろう。問題ないというならば士の定員を現状に合わせて大幅に削減すべきだ。

 本来軍隊組織はピラミッド型であるべきだ。なのに、なぜ、自衛隊はこのようないびつな形状になっているのか。

 それは自衛隊が見せかけのリストラをしてきたからだ。ソ連崩壊後、防衛大綱(関連記事)は自衛隊の人員抑制を求めてきた。これは限られた予算の中で人件費を抑えて、装備の近代化を図るためだった。

 1991年度から2008年度までに定員は2万9552人減っている。ところが実員は5114名減に留まっている。しかも実際に減ったのは2年契約の任官自衛官である士クラス、3万9457人だけ。対して将官を含めた幹部は逆に1734人、曹クラスは1万2892人も増えている(グラフ2)。


画像のクリックで拡大表示 自衛隊を企業に例えれば、社長以下係長までの中間管理職までが正社員。平社員の部分は契約社員ということになる。つまり、リストラと称して、簡単に首を切れる契約社員だけを大幅に首を切ったが、“身内”である正社員の数は増やしたことになる。

 当然ながら、士クラスよりもそれ以上の「正社員」の方が、平均年齢がはるかに高い。年金や退職金までを生涯賃金を含めれば、その差は極端に違うってくる。将官の場合、幕僚長ならば退職金だけでも7000万円ほどになる。

 先述のように人員削減は、それによって装備の高度化を図るためだ。それにもかかわらず、賃金が最も低い士だけを切り捨てた。人件費抑制という観点から見れば人件費の高い将官、佐官の首を切るべきだ。


役人はポストを維持したがる

 問題は人件費だけではない。士の数だけを極端に減らすことで有事の即応性を落としている。有事に備えるのであれば士クラスの充足率こそ高く維持するべきである。民間企業でこんなインチキなリストラをしたら株主が許さない。株主が許しても企業として市場で生き残れない。

 なぜこのようなインチキなリストラをするかといえば、身内の雇用を維持するためだ。それに手を付けると担当者は総スカンを食う。となれば出世はおぼつかない。

 また役人の習い癖で部隊の数とポストを維持したいからだ。いったん部隊やポストを減らせば、その回復は容易ではない。しかし、減らした士の数は予算が増えれば比較的容易に回復できる。そのような計算が働いている。

 これは「有事」が来なければ有効な考えだ。だが自衛隊という組織は、本質的にいつ来るか分らない有事に備える組織である。「有事なんて来ない」というのは組織の本質を忘れた組織防衛の理屈でしかない。そして現実に大震災という「有事」が現実として起こっている。

 状況に合わせて組織を変革する「決断力」、その変革を実行する「実行力」と「指導力」――自衛隊の首脳には、軍人に必要なこれらの根源的な資質が欠けているのではないか。


放漫予算はもう許されない

 次期防衛大綱は「自衛隊全体の人員規模及び人員構成を適切に管理し、精強性を確保する。その際、自衛隊が遂行すべき任務や体力、経験、技能等のバランスに留意しつつ士を増勢し、幹部及び准曹の構成比率を引き下げ、階級及び年齢構成の在り方を見直す。さらに、人員配置の適正化の観点から自衛官の職務の再整理を行い、第一線部隊等に若年隊員を優先的に充当するとともに、その他の職務について最適化された給与等の処遇を適用するなど、国家公務員全体の人件費削減の方向性に沿った人事施策の見直しを含む人事制度改革を実施する」としている。

 これは、ほとんど財務省主計局の主張そのものである。防衛省・自衛隊に当事者能力が欠如しているために、財務当局の主張を盛り込まざるを得なかった。何とも情けない。

 現状の放漫予算を放置するならば、数年後には防衛予算を編成することすら危うくなる。必要な装備を調達し、それを維持し、充分な訓練を行う予算が確保できなくなる。人件費は退職金などで今後も増加する(グラフ4)。装備が高度化したことで、装備の修理維持費が装備調達費を追い抜いている。しかも装備調達費は、“後払い”である後年度負担が膨らみ、柔軟性を欠いている。その上アラブの政情不安で燃料費は高騰している。


 あろうことか、一部の自衛隊OBたちや評論家は今度の震災に際して「だから自衛隊の定員を増やせ」と主張している。だが彼らはこのアンバランスな人的構成とその原因については口を拭っている。予算や人員を増やす前に、予算執行と人事の適正化が必要である。

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