見出し画像

7/9〜21

7/9
13:11
今日したいいこと:ベランダでひっくり返ってたカブトムシを戻してあげた よろよろとどこかへ向かっていった

7/11
13:35
頭が痛い でっかいポンデケージョが食べたい

7/14
19:07
今けっこうしっちゃかめっちゃか
学生時代と、卒業後貯金を食いつぶしながら演劇をやってた時期は、小屋入り近い時は適度に授業をサボったり、労働を控えたりしながらそれでもけっこうしんどかったけど今はそうもいかない 少しずつ出演料しっかりめにもらえるようになってきて良かった 最初期に出てた地獄のように単価の低いチケットバックの現場とか入れちゃってたら冗談じゃなく生活やばかったと思う

7/15
16:27
クジラの座礁について調べていた クジラが座礁すると、普段は海水で支えられてる巨体が陸上で自分の重みに耐えられず、体がどんどん潰れていってしまうらしい。その様子を想像するだけで泣きそうになってしまう

16:35
劇中で座礁したクジラの様子が詳細に描写されることはない でも私がなんとなく想像してたよりももっとずっと、グロテスクで悲しいものが浜辺に横たわっているのだろう 腐敗した肉の匂いとか

20:26
飲み代はどこから出てくるんだろう…?と書いたところでお前は買い食いをしすぎだという声が頭から聞こえた
コンビニスイーツとか、街中のちょっといいパン屋さんのパンとかすぐ買ってしまう

20:34
あと1000円のランチとかすぐ食べちゃう

7/16
12:47
町のいたるところで鰻の広告を見る。鰻好きだけど高いし絶滅危惧種だし、食べる機会がほとんどないので私は鰻をほぼ食べることなく鰻を好きとだけ言ってる人

7/17
12:44
今日はなんだか朝からゆったりしたすごくいい感じの気分で、なぜかそのことに罪悪感を覚えた。なぜ?小屋入り前はあくせくした気持ちで追い詰められていなくてはいけないという思い込みが私の中にあるんだろうか
自分が生きていくための術として(それは決して生活費をまかなう手段という意味合いだけではなく)、自分の日常として、自分の生活の一部として演劇が在ることを模索したいと思っているのでむしろこういう日が増えればいいと私はいつも願っているはずなのに

7/19
10:36
これが終わったら休憩しよう、ここまでいったらキリがいいな、の「これ」「ここ」の手前でなぜかストップしてしまう。心理学で何か名前がついてそうな現象だ

7/21
14:02
電車の中。書く時間が取れない状況で、後で書き起こそうとトピックだけメモしたものに手をつけようとして、やっぱり消してしまう。この日記はその時に頭に浮かんだものをそのまま吐き出すことが自分の中で大事なんだ、ということが分かった
こんなふうに自分の感覚や好みを、外側から眺めるように理解する時がある

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?