私が愛したラーメン「ほしの家」

日本人の国民食であるラーメン。私もラーメンは大好きだが、人生で「ここだ!」と思える店はそうそうあるものではない。精々「んー、あの店でいいか」ぐらいのもので、わざわざ「食いに行くぞ!」と意気込んで足を運ぶ店は皆無である。

そんな私が愛してやまなかったラーメン屋がある。埼玉県川口市にかつて存在した「ほしの家」である。
開店時間は夜19時から深夜1時までという強気のスタイル。激せまの店内で席は10席程度だった。しかし連日行列を形成しており、一部のラーメンファンからは「伝説のラーメン」と呼ばれていたらしい。

私はこの近辺に住んでいたことがあったため、この店は行きつけだった。女将さんとも顔なじみで、店の前を通ると挨拶をすることもあった。

ほしの家のラーメンは本当に美味かった。いつも頼むのは「塩バラチャーシュー」と「味付き卵」のセットで、女将さんに「いつもの」と言えば通じた。因みに味付き卵は常連になると2つ貰えた。捨てるにはもったいない形崩れの品を、何も言わずアイコンタクトでオマケしてくれていたのだ。

ここのラーメンは絵に書いたようなラーメンである。透き通るスープに細縮れ麺。刻みネギにメンマ、そして海苔にチャーシュー。これがデフォルトだ。
普通のチャーシューは肉々しく、バラチャーシューは脂身が多めでとろける食感。私はバラチャーシュー派で、これが激烈に美味かった。
所謂普通の醤油ラーメンである「支那そば」も、滅茶苦茶美味い。しかしここの塩ラーメンは別格で、毎日食べても飽きない味だった。どんな人にでも勧められる王道の味で、もう味わうことが出来ない幻の一杯である。

有名人もこっそり来店していたようで、ある日食べに行ったら隣に歌手の山川豊さんが居たことがある。私は気付かなかったのだが、一緒に食べに行った家族が気付いた。他にも毒蝮三太夫さんのサインが飾ってあったりと、ほしの家は知る人ぞ知る本当の「隠れた名店」だったのかもしれない。

そんなほしの家だが、オヤジさんが亡くなりそのまま閉店してしまった。細身で口数は少なく、唯一喋るのは「いらっしゃいませ」と「ありがとうございます」の二言だけ。非常に寡黙なラーメン職人に見えた。

閉店後、近隣のリサイクルショップに「ほしの家」の看板が置かれているのを偶然見つけ、切ない気持ちになってしまったのをはっきりと覚えている。店じまいのために、調理器具やら全てを処分してもらったのだろう。

今でも「ほしの家」のラーメンを食べたいと思うことがある。色々なラーメン屋を巡ったが、味というのは店の数だけあるので、あのラーメンはもう二度と食べることはできない。記憶の中にだけ残る幻の味である。

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