ソピルの話
コロナのことについて考えていたら、ふと思い出したことがあったので書いてみる。
例の如く、取り止めのない回顧録である。
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ジャカルタに住んでいた当時、運転手を雇っていた。
車やバイクが溢れ、慢性的な渋滞に陥っているジャカルタは、交通ルールが崩壊しているため、外国人が車を運転することは困難である。
そのため、ジャカルタに住む外国人は現地の運転手を雇っていることが多い。
インドネシア語で、運転手のことを「sopir(ソピル)」と言う。
これは、ぼくが1年間お世話になった、ソピルのアジスさんの話。
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アジスさんは当時で60歳過ぎ、小学生くらいの年頃のお孫さんもいるおじいちゃんソピルだった。
【エピソード① 目が悪い】
ぼくの職場では年に1回、全ソピルを対象にした簡単な更改試験を行っていた。
技能試験と視力検査である。
ある時、何かの用事でアジスさんのソピル歴が知りたくてデータベースを検索したところ、備考欄に「目が悪い」と書いてあった。
アジスさんがメガネをかけているところは見たことがなかったので、頑なに裸眼を貫き通していたと思われるのだが、このことを知ってから車に乗るたびにヒヤヒヤしていた。
結局、何も事故は起きなかったから良かったけれど……。
「知らぬが仏」でしたな。
【エピソード② polisi tidur事件】
ジャカルタの路上には、「polisi tidur」と呼ばれる丸い突起が至る所に設置されている。
(こんなやつ)
破滅的な交通ルールのジャカルタにおいて、自動車の減速を促すpolisi tidurは事故を減らす目的がある。
polisi tidurを超えるときはかなり徐行しないと、車に乗っている人間に大きなダメージがもたらされるのであるが、ある時、アジスさんはこれを減速せずに突っ込んでいった。
文字通り、車が飛んだ。
絶叫マシーン並みの恐怖体験だった。
事件が起きたのは家の近くの路地で、毎日通る道だったので、いくら目が悪いアジスさんでも見落としたとは考えられない。
ということは、最もあり得る理由として、居眠り運転をしていたというのが考えられる。
事件の後、アジスさんは「Maaf(ごめん)」を連呼しながら、爆笑していた。
心の底から面白いと思っていたのか、気まずさを笑いでごまかそうとしていたのかは謎だが、ぼくら(同乗者がもう1人いた)もショックが大きすぎて思わず笑ってしまった。
車内は5分くらい笑いに包まれていた。
【エピソード③ 謎の入院】
アジスさんが変な咳をしている時期があった(コロナの前の話)。
痰が絡んだような苦しそうな咳で、明らかに普通の風邪ではない。
空気がきれいではないジャカルタでは気管支の病気のリスクも高いし、アジスさんもそれなりの年ではあるので、気がかりだった。
時折、このまま死ぬんじゃないか、というくらい咳き込む時もあって非常に心配していた。
そしてある時、ついに、アジスさんから入院したという連絡があった。
これは余談だが、ソピルが怪我や病気で仕事を休む時、必ず文章とともに生傷や点滴の写真を送ってくる。
「仮病じゃないですよ」というアピールだと思うのだが、チャット画面を開いたらいきなり生々しい傷の写真が目に飛び込んできたりして、やりきれない気持ちになる。
このカルチャーは、ジャカルタ全体のソピルで言えることなのか、ぼくの職場だけの特徴なのかは不明だ。
さて、アジスさんに話を戻す。
彼は1週間ほどで退院できたのだが、復帰後は咳が完治していて、完全に健康体になっていた。
「良かったね。何の病気だったの?」
と尋ねたところ、彼の返答は……
「胃腸炎」
絶対、違うだろ。
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以上、アジスさんの衝撃エピソード3選でした。
アジスさん、今何しているのかな。
さすがにもう引退してるのかな。
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