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職人心得三十箇条

律令の時代から建築・木工技術が高く評価され、時の中央政府から税を免じてまで貢進を義務づけられ、その技術によって都づくりに貢献してきた「飛騨の匠」。その地場産業の伝統と技術を受け継ぐ家具製造企業が岐阜県高山市にあります。
 
1920年創業の飛騨産業は、国内外からの観光客でにぎわう江戸時代から続く高山の古い町並みから車で15分ほどの森の中で、今日も家具を製作しています。その100年にわたる営みは決して順風満帆ではありませんでした。
 
業界常識との対峙

今日、地場産業は衰退の一途をたどっています。家具も同様で、総務省の家計調査によると一世帯当たりの家具の年間平均支出はこの30年間で3分の1程度にまで減少しているのです。その一方で価格競争は平成の30年間を通じて激しさを増し、ニトリやイケアなど海外に製造拠点を置く企業が市場を席捲しました。食品、衣料品で先行した“ファスト化”が住関連分野においても進んだのです。
 
こうした顧客ニーズ、市場環境の変化への対応に遅れた同社も業績が急減。経営危機の最中にあった2000年に代表取締役に就任したのが岡田贊三社長でした。岡田社長は若き頃、商業界ゼミナールで商業界創立者・倉本長治から商いの原則を学び、日本リテイリングセンターの渥美俊一からチェーンストア理論を学び、自らホームセンターを経営してきた人物。家具製造に関しては門外漢でしたが、それだけに業界、そして同社が抱えていた問題点を冷静かつ客観的に直視することができました。
 
販売戦略、製品開発、生産体制、後継者育成、ブランディング、地域プロモーション――これら6つの改革に、岡田社長は社内外の抵抗に合いながらも、諦めることなく着実に取り組んでいきました。このとき注目したいのが「改革」を目指したことにあります。同じような言葉に「改善」がありますが、こちらは現状肯定から始まる取り組みです。一方、「改革」は現状否定を前提とした営みです。それだけ抵抗も激しく、業界常識ともぶつかり合うのは必然でした。
 
例えば、これまで節のある木材は家具づくりにおいてタブーとされてきました。しかし、岡田社長は「本来、木材は工業製品ではありません。天然自然の植物です。だから節があって当たり前。節がある家具を愛し、ありのままの樹木を愛するというスタイルを大切にする人はいる」と社内を説得して製造に着手。こうして同社再生のきっかけとなったヒット商品、節のある家具「森のことば」は誕生したのでした。
 
企業経営とは人づくり

倉本長治はかつて「よい商人とは、すなわち良い人間のことである」と言いました。そして岡田社長も「良い職人とは良い人間のことです」と言います。
 
生産体制の効率化、ブランディングの構築などの経営改革により、同社を再生への軌道へ乗せた岡田社長が取り組んだのが人材育成でした。2014年春に開校した「飛騨職人学舎」は2年制の職人教育機関。生徒たちは寄宿舎に暮らしながら一流の職人をめざし、徒弟制のなかで切磋琢磨しあいます。毎朝5時に起きてランニング後に手道具をこしらえて工場へ入り、午後からは各自が学舎で木工修業に励みます。恋愛も携帯も禁止、日曜日もない。それがお盆と正月休みを除いて2年間続くのです。
 
「相撲部屋みたいに寝食を共にしながら腕を鍛えて人間性も磨く、そこで育まれる職人たちの若い技術力を、まもなく創業百年を迎える飛騨産業の、次なる百年を目ざす足場としたい」(岡田社長)
 
飛騨職人学舎の朝礼では、建学のきっかけとなった職人育成の先達企業「秋山木工」譲りの「職人心得三十箇条」が生徒たちによって唱和されています。

1.挨拶のできた人から現場に行かせてもらえます。
2.連絡・報告・相談のできる人から現場に行かせてもらえます。
3.明るい人から現場に行かせてもらえます。
4.周りをイライラさせない人から現場に行かせてもらえます。
5.人の言うことを正確に聞ける人から現場に行かせてもらえます。
6.愛想よくできる人から現場に行かせてもらえます。
7.責任を持てる人から現場に行かせてもらえます。
8.返事をきっちりできる人から現場に行かせてもらえます。
9.思いやりがある人から現場に行かせてもらえます。
10.おせっかいな人から現場に行かせてもらえます。
11.しつこい人から現場に行かせてもらえます。
12.時間を気にできる人から現場に行かせてもらえます。
13.道具の整備がいつもされている人から現場に行かせてもらえます。
14.おそうじ、かたづけの上手な人から現場に行かせてもらえます。
15.今の自分の立場が明確な人から現場に行かせてもらえます。
16.前向きに事を考えられる人から現場に行かせてもらえます。
17.感謝のできる人から現場に行かせてもらえます。
18.身だしなみのできている人から現場に行かせてもらえます。
19.お手伝いのできる人から現場に行かせてもらえます。
20.自己紹介ができる人から現場に行かせてもらえます。
21.自慢のできる人から現場に行かせてもらえます。
22.意見が言える人から現場に行かせてもらえます。
23.お手紙をこまめに出せる人から現場に行かせてもらえます。
24.トイレそうじができる人から現場に行かせてもらえます。
25.道具を上手に使える人から現場に行かせてもらえます。
26.電話を上手にかける事ができる人から現場に行かせてもらえます。
27.食べるのが早い人から現場に行かせてもらえます。
28.お金を大事に使える人から現場に行かせてもらえます。
29.そろばんのできる人から現場に行かせてもらえます。
30.レポートがわかりやすい人から現場に行かせてもらえます。
 
いかがでしょうか。あなたは現場に行かせてもらえそうですか? そこに流れる思想は人間教育の重要性。飛騨産業では、まさに小さな苗木を一つひとつ植えるように、未来を担う人材を育んでいるのです。

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