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商人を育てるしくみ

大坂、近江、伊勢――この三つの地名から何を連想しますか? いにしえより商業が発達、多くの名商人を輩出した日本三大“商人のまち”です。

その一つ、伊勢商人を育んだ三重県松阪市は、三越、松坂屋、国分、イオン、ライフコーポレーションといった日本を代表する流通企業発祥の地。加えて、日本のチェーンストアの父、故・渥美俊一さんも松坂のご出身です。

商人のまちのまちゼミ

その地で創業200年を超える自然食品店「かねこや」も、吟味された商品を丁寧に販売する老舗です。今日の主人公、かねこやの金児達也さんは24歳で家業に入り、店長を務めるまち商人。そして、2013年2月から行われる「まつさかまちゼミ」に取り組むリーダーです。

まちゼミとは〝得する街のゼミナール〟。店の店主・従業員が講師となり、プロならではの専門知識や情報、コツを無料で受講者(お客様)にお伝えする少人数の学びと交流の場。店や店主・スタッフの存在・特徴を知っていただくと共に、店とお客様のコミュミケーションから信頼関係を築くことを目的とする事業です。
 
「前から店では料理教室をやっていたので、“感動してもらえる”ことは確信していました。でも、そのことをほかの店にはなかなか伝えられません。まちゼミならば、それができる。お客さまの感動と商店街活動が僕の中でつながったんです」と、金児さんはまちゼミに取り組んだきっかけを語ります。

かねこやは元は米問屋でしたが、金児さんの祖父が米に使われる農薬や化学肥料の影響を危惧して自然食品店を開きました。母の代に「食は生きる基」の方針を鮮明にし、現在の店では20年以上前から続く天然酵母で発酵させた完粒食パンをはじめ、農薬・化学肥料を使わない有機米や化学調味料を使わない食品類、素材やアレルギーに配慮したシャンプー・リンスなどの雑貨類など全部で約1400品目を扱っています。

「24歳で地元に戻ってきた時は店を継ぐ気なんてなかったんですが、『こういうのが欲しかったの!』と喜ぶお客さまを見ているとだんだん面白くなり、やがてやりがいのある仕事だと思えてきました」と金児さん。

商店街のことにも関心が出て、最年少のメンバーとしてイベントに取り組みました。しかし、人が来ても店の中までは入ってきません。たいへんな思いをした分、徒労感も大きいものでした。

何とかしなければ……。金児さんはその答えを探して、まちづくりや商店街活性化と名のつくセミナーに足を運び、まちゼミに出合いました。

かねこやでは、こだわりの商品を集めたことで、店頭では「説明して売る」ことが当たり前でした。だからこそ、まちゼミの価値を素直に理解できたのかもしれません。彼は、お客さんの食の安全と安心を願って商品を吟味して仕入れ、その価値を丁寧に伝えています。

必要なのは勇気と努力
 
その商いを見たとき、次の一文を思いました。商業界創立者、倉本長治が遺した「良いものを高く売るには勇気と努力がいる」というものです。
 
「他店より高く売るには“勇気”がいる。
競合店より良い品を扱うには“努力”がいる。
無理して安値を出すようでは、見せかけの廉売であり、本物の商売ではない。
売価が安いということは、仕入れの努力の裏付けと、つつましい無駄のない経営が伴わなければなるまい。
その点では、他店より高く売るためには、ただその“勇気”があれば足りる。
しかし、競合店よりも品質の良い品を売るには“勇気”だけでは駄目だ。
なみなみならぬ“努力”がいる。
商人の仕事に限らず、“努力”を伴うものほど人間にとってやり甲斐のあるものはない。
それをやりとげたときこそ愉快であり、壮快なものである。
商人の喜びは、そういうところにある。」
 
まちゼミとは、そうした勇気を持ち、努力する商人を育てる営みでもあると、金児さんを取材して感じました。まちゼミは商人力を鍛える――これもまたまちゼミの魅力です。


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