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進め、るのスポーツ!

それはそれは、小さな店でした。東京の西郊外のあきる野市、クワガタムシが当たり前に捕れるまちの住宅街に、その店はあります。売場面積およそ3坪と4台の卓球台から成る小さな店「るのスポーツ」は、地元のみならず全国に知られた卓球専門店です。

「卓球であきる野を明るく元気にすること、それがるのスポーツの使命です」と語るのは店主の青木龍太さん。脱サラして、父が興した店を継いでから10年以上が経ちます。

小さな店はあちらこちらに遊び心が満ちあふれ、クラブチームの子どもたちは全国大会で優秀な成績を収めています。しかし、かつては違いました。他店の価格や売れ筋にいちいち神経質になり、一方的な指導に子どもたちは萎縮、ここぞのときに競り負けていました。

それが、なぜ変わったでしょうか? 「他店を気にしたり、子どもたちを変えようとするのではなく、自分が楽しみ、自分が変わろうとするようになってからです。そうすると、徐々に歯車がスムーズに前に動き出したんです」と青木さんは振り返ります。

クワガタムシを捕りたいと思ったら「ルノトラベル」で参加者を募り、釣り好きが高じて「あきる野漁業組合」としてお客さんと釣りに興じて、お客さんと飲みたいからと「るのBAR」とうたい、その様子をSNSや壁新聞を使って発信、それを見た愛好者が自然と集まってくるようになりました。

どれも青木さんの遊び心から生まれた“なんちゃって組織”ですが、やがて小さな店はお客さんでいっぱいになったのです。まるで、樹液あふれるクヌギの樹にクワガタムシが自然と集まるように。

子どもたちへの指導も変わりました。彼らの自主性を重んじ、上手な選手がこれからの選手を教えるという循環が生まれ、子どもたちは戦果を上げるようになっていきました。

そんな青木さんの“楽しみを大切にする商い”の象徴が「るのカウンター」かもしれません。これは狙ったところへ打球をコントロールする技術を鍛える練習道具。ボールが当たるとカウンターの数字が上がっていきます。妙にメカニカルなのは、前職の機械メーカー時代の先輩を巻き込んだオリジナルだから。この楽しさがうけて、数県を残して全国制覇という人気ぶりです。

「あきる野を明るく元気にするという使命は変わっていません。ただ、その手段が“卓球”のみではなく、“青木龍太という商人”というふうに広がったのです」

お茶席は四畳半、
だからいつも行き届くのです。
このお店は小さい、
だから隅々までが
お客さまのためにあります。

これは商業界創立者、倉本長治の遺した言葉。青木さんと話しながら、この一文を思い出しました。いま、彼の店も卓球場も休業に入っています。にぎやかな卓球場少年たちの元気な声が戻ってくるまでしばらくかかるでしょう。

こうした状況が全国のまちの小さな店を襲っています。だからこう言いたいのです。「進め、るのスポーツ!」と、「負けるなまち商人!」と。

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