クミコせんせい


 せんせい。せんせい、クミコせんせい。

 せんせいはすごく美しいですね。

 せんせいはキレイなお顔ですね。

 せんせいはキレイなお声ですね。

 僕はそんなせんせいが、なんだかとってもうらやましいのです。

 せんせい、僕らはあいつらが嫌いなんです。

 クラスの女子なんて僕なんかよりずっとデカくて、

 すごくうるさくて、まるでバカばかりなんです。

 そんなやつらになんて、僕はモテたくなんかないんです。

 せんせい。

 せんせいは僕が大人になったら

 あの女子たちでも可愛いと思うようになるっていうけど、

 そんなのは嫌です、せんせい。

 僕、本当は大人になんかなりたくないんです、せんせい。 

 

 だって、せんせい。

 女の人は大人になっても美しいけれど、

 男が大人になるってことは、

 キレイになることをあきらめることなんじゃないでしょうか。

 そんなの嫌なんです、クミコせんせい。

 せんせい、せんせい、クミコせんせい。

 せんせい、僕は美しくないのですか。

 僕はキレイじゃないのですか。

 僕は上手にソプラノのパートを歌う事ができるのに、

 僕が男であるということだけで、

 その声を捨てなきゃいけないのですか。

 笑わないでください、クミコせんせい。

 自分がクラスのたいていの女子より美しいと思うのは

 やっぱりいけないことですか。

 彼女たちが捨てなくていい「美しさ」を、

 僕が男であるという理由で、捨てなきゃいけないのはなぜですか。

 僕が「美しいもの」をどうしようもなく好きなのは、

 いけないことなのですか。

 美しくなりたいと思うのは罪な事なのですか。

 答えてください、クミコせんせい。

 せんせい、せんせい、クミコせんせい。

 僕の身長がどんどんのびてゆくのです。

 体重もどんどんおもくなってゆくのです。

 からだがどんどんごつくなってゆくのです。

 僕はこのまま美しくない

 大人の僕になってゆくのですか、せんせい。

 僕はただ、今のままの僕でいたいんです。

 僕は、これ以上「美しさ」を失いたくないんです。

 せんせい、僕はあなたのように

 いつまでもきれいでいたいんです。

 

 せんせい、僕は別に泣いてなんかいません。

 ただ、せんせいにだけは僕の、

 みにくく大人になった姿をみせたくないんです。

 それだけです、クミコせんせい。

 せんせい、せんせい、クミコせんせい。

 

 せんせい、あなたといっしょに

 鏡に写っているのは、

 ほんとうに僕なのですか。

 せんせい、せんせい、僕は

 さわってみてください。

 すごく、ドキドキしているでしょう?

 せんせい、あなたの手によって化粧され、

 一瞬だけでも、せんせい、僕は美しくなったのでしょうか。

 僕は、あなたの洋服を着せられて、

 すこしだけでも、せんせい、あなたに近づいたのでしょうか。

 せんせい、せんせい。

 いつまでも、あなたとおなじ「美しさ」を

 僕ももっていられたらいいのに。

 

 せんせい、クミコせんせい。

 せんせい、せんせい、クミコせんせい。

 どうして僕は僕なんだろう。

 べつにあなたになりたいわけでははなくて、

 僕は僕として、ただ美しくありたいだけなのに。

 どうして僕は美しくなれないのですか。

 どうしてあなたは美しくなれるのですか。

 どうしてあなたは美しくなければならないのですか。

 どうして僕は美しくなってはいけないのですか。

 せんせい、僕は怖いのです。

 

 友達が、どんどん大人に変わってゆくのです。

 みんな、変わってゆくのです。

 僕が変わってしまうのももうすぐでしょう。

 僕は「美しさ」を失って、みにくい大人の僕になってゆくのです。

 そして、他の美しいものを守る騎士の役目を

 美しくて、しかもうるさいだけの

 バカな女子に押しつけられるのです。

 そうなんでしょう、クミコせんせい。

 もしもし、もしもし、クミコせんせい。

 僕はもう、せんせいの部屋にはいけなくなりました。

 きこえますか。

 僕がだれかわかりますか、クミコせんせい。

 せんせい、これが僕の声です。

 この汚い声が僕の声なんです。

 もう、あなたは僕を美しいといってくれないでしょう。

 せんせい、僕はあなたのように美しくありたかったのに、

 あなたは、僕のことをキレイだと言ってくれたのに。

 僕の部屋の鏡はいま、粉々に砕け散ってもなお、

 その破片の一つ一つが小さな声で

 おまえはみにくいって、ささやくんです。

 あいつははきたないって、噂してるんです。

 テレビだって、美しい女の人を映し出して、

 そいつらは僕をあざわらうんです。

 時計だって一秒ごとに僕をののしるんです。

 みにくい姿でせんせいの授業に出ても、

 このきたなくかわってしまった声では

 もうせんせいと同じ、ソプラノのパートは歌えないのですから。

 せんせい、僕はみにくくなりました。

 僕はもう、あなたの前に姿をあらわしません。

 せんせい、せんせい、クミコせんせい。

 せんせい、せんせい、クミコせんせい。

 僕はあなたにもらったワンピースを着て、

 麦わら帽子をかぶって、商店街をあるいてきました。

 道行くみんなが僕をみて、ひそひそ話をしていました。

 その中にクラスの女子もいました。

 そいつはすごく驚いた顔をして僕をみていました。

 でも、その人たちとなんて、

 どうせ、もう二度と会いもしないのだと思うと、

 そんなことなど、とたんにどうでもよくなってきました。

 アーケードの向こうには青い空がひろがって、

 僕はなんだか、とっても晴れ晴れとした気分で、

 いまなら、どんなことだってできそうな気がしました。

 

 近くで踏切の警報が鳴っていました。

 さよなら、さよなら。

 クミコせんせい。

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