クミコせんせい
1
せんせい。せんせい、クミコせんせい。
せんせいはすごく美しいですね。
せんせいはキレイなお顔ですね。
せんせいはキレイなお声ですね。
僕はそんなせんせいが、なんだかとってもうらやましいのです。
せんせい、僕らはあいつらが嫌いなんです。
クラスの女子なんて僕なんかよりずっとデカくて、
すごくうるさくて、まるでバカばかりなんです。
そんなやつらになんて、僕はモテたくなんかないんです。
せんせい。
せんせいは僕が大人になったら
あの女子たちでも可愛いと思うようになるっていうけど、
そんなのは嫌です、せんせい。
僕、本当は大人になんかなりたくないんです、せんせい。
だって、せんせい。
女の人は大人になっても美しいけれど、
男が大人になるってことは、
キレイになることをあきらめることなんじゃないでしょうか。
そんなの嫌なんです、クミコせんせい。
2
せんせい、せんせい、クミコせんせい。
せんせい、僕は美しくないのですか。
僕はキレイじゃないのですか。
僕は上手にソプラノのパートを歌う事ができるのに、
僕が男であるということだけで、
その声を捨てなきゃいけないのですか。
笑わないでください、クミコせんせい。
自分がクラスのたいていの女子より美しいと思うのは
やっぱりいけないことですか。
彼女たちが捨てなくていい「美しさ」を、
僕が男であるという理由で、捨てなきゃいけないのはなぜですか。
僕が「美しいもの」をどうしようもなく好きなのは、
いけないことなのですか。
美しくなりたいと思うのは罪な事なのですか。
答えてください、クミコせんせい。
3
せんせい、せんせい、クミコせんせい。
僕の身長がどんどんのびてゆくのです。
体重もどんどんおもくなってゆくのです。
からだがどんどんごつくなってゆくのです。
僕はこのまま美しくない
大人の僕になってゆくのですか、せんせい。
僕はただ、今のままの僕でいたいんです。
僕は、これ以上「美しさ」を失いたくないんです。
せんせい、僕はあなたのように
いつまでもきれいでいたいんです。
せんせい、僕は別に泣いてなんかいません。
ただ、せんせいにだけは僕の、
みにくく大人になった姿をみせたくないんです。
それだけです、クミコせんせい。
4
せんせい、せんせい、クミコせんせい。
せんせい、あなたといっしょに
鏡に写っているのは、
ほんとうに僕なのですか。
せんせい、せんせい、僕は
さわってみてください。
すごく、ドキドキしているでしょう?
せんせい、あなたの手によって化粧され、
一瞬だけでも、せんせい、僕は美しくなったのでしょうか。
僕は、あなたの洋服を着せられて、
すこしだけでも、せんせい、あなたに近づいたのでしょうか。
せんせい、せんせい。
いつまでも、あなたとおなじ「美しさ」を
僕ももっていられたらいいのに。
せんせい、クミコせんせい。
5
せんせい、せんせい、クミコせんせい。
どうして僕は僕なんだろう。
べつにあなたになりたいわけでははなくて、
僕は僕として、ただ美しくありたいだけなのに。
どうして僕は美しくなれないのですか。
どうしてあなたは美しくなれるのですか。
どうしてあなたは美しくなければならないのですか。
どうして僕は美しくなってはいけないのですか。
せんせい、僕は怖いのです。
友達が、どんどん大人に変わってゆくのです。
みんな、変わってゆくのです。
僕が変わってしまうのももうすぐでしょう。
僕は「美しさ」を失って、みにくい大人の僕になってゆくのです。
そして、他の美しいものを守る騎士の役目を
美しくて、しかもうるさいだけの
バカな女子に押しつけられるのです。
そうなんでしょう、クミコせんせい。
6
もしもし、もしもし、クミコせんせい。
僕はもう、せんせいの部屋にはいけなくなりました。
きこえますか。
僕がだれかわかりますか、クミコせんせい。
せんせい、これが僕の声です。
この汚い声が僕の声なんです。
もう、あなたは僕を美しいといってくれないでしょう。
せんせい、僕はあなたのように美しくありたかったのに、
あなたは、僕のことをキレイだと言ってくれたのに。
僕の部屋の鏡はいま、粉々に砕け散ってもなお、
その破片の一つ一つが小さな声で
おまえはみにくいって、ささやくんです。
あいつははきたないって、噂してるんです。
テレビだって、美しい女の人を映し出して、
そいつらは僕をあざわらうんです。
時計だって一秒ごとに僕をののしるんです。
みにくい姿でせんせいの授業に出ても、
このきたなくかわってしまった声では
もうせんせいと同じ、ソプラノのパートは歌えないのですから。
せんせい、僕はみにくくなりました。
僕はもう、あなたの前に姿をあらわしません。
せんせい、せんせい、クミコせんせい。
7
せんせい、せんせい、クミコせんせい。
僕はあなたにもらったワンピースを着て、
麦わら帽子をかぶって、商店街をあるいてきました。
道行くみんなが僕をみて、ひそひそ話をしていました。
その中にクラスの女子もいました。
そいつはすごく驚いた顔をして僕をみていました。
でも、その人たちとなんて、
どうせ、もう二度と会いもしないのだと思うと、
そんなことなど、とたんにどうでもよくなってきました。
アーケードの向こうには青い空がひろがって、
僕はなんだか、とっても晴れ晴れとした気分で、
いまなら、どんなことだってできそうな気がしました。
近くで踏切の警報が鳴っていました。
さよなら、さよなら。
クミコせんせい。
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