森の国の話
1
昔、このあたりは《森の国》という国だった。
鳥人―――翼の民の国だ。
彼らは樹上に家を作って暮らしていた。
彼らは森とともに生きていた。
弓の名手だった彼らにとっては、
狩りはもっとも得意とするところだった。
秋には木の実を取って食べ、
余った分は厳しい冬に備えてジャムを作った。
それはもう、格別の味だった。
彼らは夜は歌を歌った。
先祖代々歌い継がれた、遠い神話のころの歌を。
風と弓と琴を愛した、平和な人々だった。
そう、平和だった―――奴らが来るまでは。
島の外から、違う人々がやってきたのだ。
鉄砲を持った人たち、翼の退化した、飛べない人々だった。
最初はまだ、彼らも友好的だった。
奴らは平原に住み、鳥人は森に暮らした。
お互いに、助け合ってゆけた。ある時点までは。
奴らは農耕をするために、
大地を燃やし、大地に鍬をいれた。
耕地はまたたく間に広がり、すぐに足りなくなった。
奴らは森を切り拓き始めた。鳥人たちの住む森。
梢には彼らのちいさな家が作りつけられている、樹の幹を鋸で切った。
その平和を、斧でぶったぎった。
奴らは鳥人に樹上から下りて、地面に住めと云った。
土地をあたえるから、畑を耕せと云った。
だが、考えてもみるがいい。そんなことは無茶だ。
風に乗って大空を舞い、雲の高みに鷹を追う、誇り高き翼の民が、
大地に縛り付けられて生きられるものか。
地面に足を埋めて死ねるものか。
2
彼らはその尊厳と未来とをかけ、《翼なきもの》に戦いを挑んだ。
率いるのは大首長カイキドス。
伝説の疾翔大神のごときお方よ。
巨大で獰猛な鷹の神さえ一撃で倒す毒矢をつがえ、
空から放った。
鳥人たちははじめてこの矢を、獲物を狩ること以外に使った。
それは奴らの兵士の多くを地面に這いつくばらせたが、
敵の鉄砲もまた、多くの鳥人を撃ち殺し、大地へと墜落させた。
戦いは続いた。両軍におびただしい数の死者を出した。
大首長カイキドスはほんとうに勇敢だった。
巧みに軍を率い 敵を翻弄した。
鳥人たちがこれほど反撃するとは思わなかったのだろう。
敵は和睦を申し込んできた。
もうこれ以上の流血は、どちらも望んではいなかった。
話し合いで平和が戻るならば、
それは鳥人たちとしても望むところであった。
大首長カイキドスは和睦の宴に招かれ、
敵方の首領とともに酒を酌み交わした。
異国の酒、美味なるも激しい酒、毒の酒だった。
それは奴らの策略でもあった。
カイキドスは一口飲んで泥酔したところを、
背中から敵の首領に斬られた。
その背の褐色の翼は切り落とされ、
土と血にまみれた。
3
そして、それからは知ってのとおり。
騙し打ちにより大首領を失った鳥人たちは、
敵の大軍勢に圧倒され、蹂躙されるがままとなった。
鳥人は天駈ける翼を持ちながら、
飛ぶ事を禁じられ、
鳥を狩る事を禁じられ、
おいしい木の実でジャムをつくることさえ禁じられ、
ある者は、奴らに奴隷のようにこき使われ、
ある者は、奴らの持ち込んだ伝染病でいのちを落とし、
ある者は、奴らにすべてを奪われた。
ただ、この翼は、
物見遊山の愚かしい奴らの前で、
空中ダンスをすることにしか、
はばたくことは許されなくなった。
4
森はことごとく切り開かれ、農耕地になった。
森を失って、清流は黄色く濁った。
大雨でたびたび氾濫し、
渇水でたびたび干上がった。
風は土砂を巻き上げ、沃土はどんどん失われ、
気温は上がり、湿度は下がり、
大地は渇いて、緑は失われ、
《森の国》は風の運んでくる砂によって覆われはじめた。
鳥人たちの楽園であった《森の国》は、
こうしてただの荒れ地になった。
5
侵略者たちはこの国から
むさぼり取れるだけむさぼり取って、
この国を駄目にしたあげく、
また次の沃土を目指して旅立っていった。
鳥人たちは残った。
かつての《森の国》は失われたけれども、
この大地が彼らの手に戻った。
川は干上がり、木々は枯れてしまったけれど、
鳥人たちはこの地を取り戻し、
天駈ける翼を取り戻したのだ。
獲物は減ってしまったけれど、
彼らはどこまでも飛ぶ事ができ、
弓でもって鷹を追うことができ、
夜は昔を懐かしみながら歌を歌う事ができた。
そして、ふたたび緑の大地が戻る事を信じ、
鳥人たちは荒れ地に木を植えはじめた。
いつの日にか、その木に果実がすずなりに実を結び、
おいしいジャムが、たくさん作られることを夢見ながら。
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