起債による給付金事業が不可能な理由について

始めに

2020年の都知事選において、ある候補者が地方債を発行し、給付金や学費等を支給すると主張しているが、これは不可能である。以下に理由を述べる。

1.起債の基本的な考え方

まず一般的に地方債とは地方財政法第5条に位置づけられているもので、長期間に渡って使用する建設物等について「世代を越えて公平に分担する」という考えが根底にあり、その理念において発行される。そのため、地方財政法第5条の2においても「建設事業費に係る地方債の償還年限は、当該地方債を財源として建設した公共施設又は公用施設の耐用年数を超えないようにしなければならない」と規定されている。

2.地方財政法上の取り扱い

さて、今回のCOVID-19(以下「コロナ」と呼ぶ)禍は確かに未曾有の災害であるが、これに対して生活支援や景気浮揚策としての地方債の発行ができるかというと、不可能であるというのが筆者の考えである。確かに地方財政法第5条第1項第4号において、災害救助事業費の財源として地方債の発行が可能である旨記載されている。
ここで言う災害とは、平成31年2月5日の地方債制度についてのパンフレットにもあるとおり、災害救助法に基づく災害が対象となる。

3.災害救助法施行令に基づく災害について

では災害救助法に基づく災害とは何か。これは災害救助法施行令に第1条第1項の各号において、次のとおり示されている。

一 当該市町村(特別区を含む。以下同じ。)の区域(地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市にあっては、当該市の区域又は当該市の区若しくは総合区の区域とする。以下同じ。)内の人口に応じそれぞれ別表第一に定める数以上の世帯の住家が滅失したこと。

二 当該市町村の区域を包括する都道府県の区域内において、当該都道府県の区域内の人口に応じそれぞれ別表第二に定める数以上の世帯の住家が滅失した場合であって、当該市町村の区域内の人口に応じそれぞれ別表第三に定める数以上の世帯の住家が滅失したこと。

三 当該市町村の区域を包括する都道府県の区域内において、当該都道府県の区域内の人口に応じそれぞれ別表第四に定める数以上の世帯の住家が滅失したこと又は当該災害が隔絶した地域に発生したものである等被災者の救護を著しく困難とする内閣府令で定める特別の事情がある場合であって、多数の世帯の住家が滅失したこと。

四 多数の者が生命又は身体に危害を受け、又は受けるおそれが生じた場合であって、内閣府令で定める基準に該当すること。

このとおり、1号から3号まではいずれも住家の減失、滅失という自然災害等に基づくものである。
さらに第4号を見てみよう。第4号では、「内閣府令で定める基準に該当する」ことで、災害に認定できるとある。

4.内閣府令における規定

内閣府令では、この第4号の規定について次のように定めている。

第二条 令第一条第一項第四号に規定する内閣府令で定める基準は、次の各号のいずれかに該当することとする。

一 災害が発生し、又は発生するおそれのある地域に所在する多数の者が、避難して継続的に救助を必要とすること。

二 被災者に対する食品若しくは生活必需品の給与等について特殊の補給方法を必要とし、又は被災者の救出について特殊の技術を必要とすること。

これを見てわかるとおり、まず第1項は「避難して継続的に救助を必要とすること」なのでこれには該当しない。
そして第2項である。ここで示されているように被災者とは、場合によっては救出について「特殊の技術を必要とする」可能性のある者である。
これは、やはり明らかに直接的に身体に危機が迫っている状況を指し示すものであり、コロナによる経済的苦境を指すものとは考えられない。

以上のことから、景気浮揚策、又は経済対策としての地方債の発行は地方財政法上不可能と言わざるをえない。

5.附:5月22日の高市総務大臣の記者会見について

なお、5月22日の高市総務大臣記者会見を以て起債が可能となったという意見も一部に見られるが、これは完全に誤りで、これは財政力の弱い団体について猶予特例債、減収補てん債の発行を認めるものである。また共同発行地方債については、そもそも東京都は発行団体ではない。

(共同地方発行債について)

結論

以上より、給付金給付のための地方債が発行できるという考えは完全に誤りであると筆者は考察するものである。
なお、過去にソフト事業(非建設事業)について起債が可能となった事例は過疎対策事業債で認められたほかは、減収補てん債や退職手当債など、地方財政法により時限的に定められた事例のみである。