布団の中の靴下

昨日からこどもたちが新学期で、ひさしぶりに二人まとめて送り出したあと、お迎えまでの短い時間に詰め込んだ用事を片付けるお供にラジオをつけた。どうでもいいことだけど、ラジオを「つける」という言い方はまだ有効なのだろうか。スマホで聞く場合の「つける」に代わる言い方がわからない。

話がそれた。
年末年始はテレビやラジオが特別編成になりがちで、その「いつもとちがう感」が苦手な私は、年末は好きなラジオの過去回などを聞いていた。例年なら、成人の日が過ぎたころから通常モードになっていくところ、今年は年始にたいへんな災害とそれに続く航空事故などがあり、通常のラジオの中にもそのことを伝える言葉が混じっている。おそらく、正月休みを返上して急遽放送に駆け付け、最新の情報を伝えようとする人、「いつも通り」の番組を届けようとする人、混乱している自分を隠さず混乱しているままに言葉を繋ごうとする人。ここ数日のラジオからは、いろいろな人の声が聞こえてきた。

昨日、雑事を片付けながら聞いていたラジオでは、阿佐ヶ谷姉妹が「布団の中で靴下を脱ぐのが気持ちいいのよ。」と話していた。リスナーの、「まるでこたつソックス」が如何に温かいかというメールを受けての話だったと思う。アナウンサーも、あれ気持ちいんだよなーと同意していて、聞きながら私も、まどろみながら布団の中で片方の足でもう片方の足の靴下をぐいぐいとさげていって脱ぐときの感覚を頭の中で再現しては、わかるわー、と頷いていた。

ひとしきり話したあとで、阿佐ヶ谷姉妹の江里子さんが、「こんなオチのない話をして、ダメね~」とため息をついていたけれど、むしろもっと聞いていたい、と思った。生きていると、スピーディーに情報を処理して結論を急いで出し、行動に移さなければいけない場面にいやでも出くわすことがあるけれど、それと同時に、どこまでもオチのない我々の日常というものも続いているわけで、「で、オチは?」という声に身を小さくすることはない。今もこの文章のオチを探しながら書いているけど、そんなわけでオチはないです。

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