文房具ストーカー

 いつも持っているペンがある。
 外出するときに持ち歩くバッグは、小さいものか大きいものかの二択で、荷物の量によってどちらかを使うわけだが、バッグを替えるごとにそのペンも入れ替える。家で書きものをするときにも同じペンを使うので、家の中を移動するときも、部屋から部屋へ、ペンとともに移動している。

 そのペンは、特に高価なものというわけではなく、どこにでもあるペンで、赤・青・緑・黒のボールペンとシャーペンが一体化しているやつだ。いつも食材を買いに行くスーパーの、ちょっとした文房具が並んでいるコーナーを覗いたときに目に留まって買ったものだったと思う。特徴があるとすれば、ペンの軸の部分の色で、よくある紺とか黒とかではなく、シャンパンゴールドだ。
 それを、何の気なしに選んだ、と、思っていた。ついこの間までは。しかし、最近SNSで見かけた画像を見てぎょっとした。その画像は、私が好きで、翻訳書も著書もよく読んでいる作家の方がアップしていたもので、一風変わったペンケースが写っていた。ペンケースからは、たぶん普段使われているであろうペンなどの文房具がざらりとはみ出している。その中に、私が持っているのとまったく同じペンがあった。シャンパンゴールドの。

 その画像は、以前にも見たことがあった。でも、今回見るまで、その画像を見たということも、その画像のことも、きれいに忘れ去っていた。たぶん、その画像を見たときに無意識のどこかにそのペンの色が引っ掛かったのだろう。それで、スーパーで見かけたときに同じものを手にとらせたのだと思う。

こわい。

 純粋に憧れる気持ちや好きな気持ちから、「同じもの買お♪」、というのなら、まだかわいいような気もするが(中年になってかわいいもないが)、そうではなくて、人からの影響なのに、さも自分がそれを選んだかのようにふるまっているのなら、それはホラーだ。

 意識的に真似をしたものも、ある。

 今度は蛍光ペンだ。

 ある映画の中に出てきて、どうにも気になったペンがあった。映画では青年が、生き別れになった母親と兄を探している。青年が家族と離れ離れになったのはごく幼い頃で、手掛かりは断片的な記憶だけで、ほぼ無いに等しい。青年は、わずかな記憶だけを頼りに、グーグルアースを駆使して、しらみつぶしに記憶の中の風景と一致する場所を探していく、そんなストーリーだ。
 その、壮大な物語の中で、青年が壁に大きな地図を貼って、地図の中に蛍光ペンでマークをしていく場面がある。その蛍光ペンが、欲しくてたまらなくなった。

 場面にしたら、ごく短いシーンだったし、その蛍光ペンが後で重要な小道具として効いてくる、というわけでもない。ごくありふれた文房具として使っていた、というのが真相だろうと思う。さらに言えば、そのペンは以前にも、文房具コーナーも併設しているような本屋などで見かけたことがあったと思う。普段から、そう物欲がある方ではないので、その時にはそこまでかき立てられるものはなかったのに、何故かその映画の中でちらっと見かけたら、いてもたっていられなくなった。

 それ以来、手の中にコロンと収まるぐらいのそのペンは、黄色とピンクの二色を二本ずつ、常に揃えている。読んでいる本にラインを引こうというときにそのペンを手に取ると、毎回ちょっと嬉しく、ページ一面に線を引いてしまって結局どこが大事な箇所か分からなくなったりしている。

 とはいえ、普段よく使うものに、心が浮き立つ、というのはなかなかいいものだと思う。ただ、何かに影響されてそれを手に取っている、ということには自覚的でありたい。


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