第2話「チーズハンバーグ定食大盛り」
用語
ソバル連邦:シエルのいる国。魔王軍の侵攻を受けそう
フォー君主国:ソバルの隣国。ソバルとは仲がよくない
登場人物
フレイ:シエルの副官で真面目な女騎士。今回はチラ見せ
ネコラ:フォーの外交官で飄々としたイケメン。実は魔王軍のスパイ
※文字数の都合で脚本形式としました
ジンソク、配達しつつ回想
主:
出前城でーす
俺の名前は手前仁則
ごく普通のフードデリバリー…だった
回想
シエル:
ほんとにきたぁ…!!
存在しない604号室。そこには行き倒れた女騎士、シエルさんが腹をすかせて待っていた
魔法のアイテム「アーティファクト」で注文された牛丼を届けるために、東京からはるばる異世界まで呼び出されたことがある
回想終わり
主:
チップは家賃やら奨学金の支払いで消えたんですけどね…
ジンソク、半地下のやけに豪華な扉に手をかける
主:
こんにちはー、出前城でーす
場面転換。異世界へ
首脳会談。ソバルとフォーの代表が恩の着せあいをしている
フォー代表(以下フォー):
我が国としては『援助』を惜しまぬ所存ですとも!
ソバル代表(以下ソバル):
『盾になっている』我が国への協力を!
現場代表のシエルは空回り。フレイは心の中で応援
シエル:
早急なご決断を!
フレイ:
(隊長、がんばってください…!)
シエルを無視して睨み合う両国代表
ソバル連邦とフォー君主国。国境を接する二国の首脳会談が開始され、二週間が過ぎようとしていた
シエルはため息
シエル:
ジンソクの飯が…食べたい…
『魔王』を名乗る者から宣戦布告がなされたのは昨年のこと
それから一ヶ月あまりで北方の国レーメンの首都が陥落
牧畜を主産業としていたのどかな国は魔族の手に落ち、魔王軍はソバルに迫りつつあった
レーメン難民代表、悲痛に訴える
レーメン:
どうか救援を!
こうしている間にもレーメンの民たちは!
ウサギさんを飼うことを強いられているレーメン国民の様子
レーメン:
ウサギの飼育を強いられているのです!!
同情していいやら困惑していいやらな空気
フォー:
なぜウサギを…
ソバル:
恐ろしい計略があるに違いない
ネコラ、いかにも切れ者風に話し出す
ネコラ:
ふむ
ネコラ:
高い知能を持つ魔物の生態に鑑みるに…
モブ:
ネコラだ!
モブ:
一番若くて頭の切れるネコラだ!
ネコラ:
ウサギさんがかわいいからでは?
ソバル:
そんなわけなかろう!
ネコラ:
ある気がするんですけどねー
会議は全く進まない。護衛として壁際に戻ったシエルは疲れた顔
シエル:
また何も決まらないまま昼時か…
シエル、今日はどんなゲテモノが出るかと戦々恐々
シエル:
昼時、か…!!
会食シーン。円卓の左右に分かれて食べる形
首脳会談では会食も行われ、贅を凝らした食事が出る
両国が珍味妙味を見せつけ合う、もうひとつの戦場と化していた
すごそうなステーキ
シェフ:
火のブレイズドラゴンと氷のオーロラドラゴン。その肉を重ね合わせることで至高の焼き加減としたミルフィーユステーキでございます
すごそうなアワビスープ
シェフ:
怪魚人マーマンだけが採ることのできる深海アワビの絶品スープでございます。人語で話しかけると逃げ出しますので食事中はマーマン語にてご会話ください
最初は呆れつつも羨んでいたシエル
以前のシエル:
この危急の時に無駄金を使うなど…あれどんな味なんだろ
今は食べてもいないのに食傷気味
今のシエル:
うぇ…
シェフ:
ミミズクジラの腸の刺身です。中の寄生虫ごと食べることでプチプチとした食感が――
シェフ:
キメラゴートの乳で作った堅いチーズに触手ダニをとりつかせ、唾液とフンに含まれる酵素で熟成させた特製チーズを油で――
食わねば負けと意地の張り合い
フォー:
(我が国が勝つ…!)
ソバル:
(負けてなるものか…うおお…!)
ネコラ、挙手
ネコラ:
すみませーん
ネコラ:
小難しい料理ばかりはかえって芸がないと思いまーす
首脳陣、感心
ソバル:
(その手があったか!)
フォー:
(さすが一番若くて頭の切れるネコラ!)
シェフが台に焼いた石を載せて登場
――数分後
シェフ:
お待たせいたしました
ソバル:
焼いた石のようなものが出てきたが…?
シェフ:
焼いた石でございます
シエル:
それは食べ物なのですか? 本当に?
シェフ:
フォーが宝珠族と友好関係を結んだ頃からの祝賀料理です
シエル、思わずつぶやく
シエル:
ジンソクの飯が…食べたか…!
…え?
円卓のド真ん中に扉が現れ、ジンソクが出てくる
主:
こんにちはー、出前城でーす
みんなビックリして固まる
ジンソクもビックリ
主:
ホワット?
沈黙の数秒
フォー:
…く
フォー:
曲者だーーー!
ジンソク、拘束されそうになるがシエルが止める
シエル:
お待ちください!
主:
シエルさん!
シエル:
ジンソク、なぜここに!?
主:
シエルさんから注文が…
シエル:
任務中にそんなことをするわけがないでしょう!
シエルの手にはしっかりアーティファクトが握られている
シエル:
(あまりにお腹がすいて無意識に注文してしまったーーー!!)
主:
(お腹がすいて無意識に注文したって顔だなー)
ネコラ:
で、彼は何者です?
シエル:
出前です…
ネコラ:
出前ですかー
フォー側、ソバルの落ち度に怒ったり笑ったり
フォーの代表たち:
神聖な会議に出前を呼ぶとは!
貴国の騎士は実に優秀ですな!
シエル、恥ずかしくて顔真っ赤
主:
そんなにバカにすることないじゃないですか!
誰だってお腹はすくんですから!
ネコラ:
君、いいから料理を置いて帰りなさい
主:
あ、配達はさせてもらえるんですね
ネコラ:
民の仕事を邪魔したら怒られるんですよ…
主:
異世界でも公務員は大変だなぁ
ジンソク、料理を取り出す
主:
では…
いい香りが広がる
フォー:
こ、この香りは……!?
主:
チーズハンバーグ定食大盛りです
解説パート
ハンバーグの成立は18世紀と意外に最近だ
ヨーロッパは煮込み料理やパイ料理が多く、肉をミンチにする必要はあまりなかった。そこにモンゴル帝国が侵攻して『硬い生肉をミンチにして食べる』文化を伝えたのが13世紀
なんと焼くまで500年もかかっている
おそらく500年の間には、あるいはその前にもハンバーグに近いものを作った人はいたと思う
作ると広まるとは別問題。料理の歴史は複雑なのだ
シエル:
の、後ほどいただきますね
主:
会議中に食べたらまた怒られますもんね。あはは…
首脳陣、怒った手前興味ないフリをしている
フォー:
(くっ、よく見えん!)
ソバル:
(なんなのだ、この濃厚な匂いは!)
ネコラ:
お待ちください
ネコラ:
危険が無いか改めなくてはなりません
ネコラ:
円卓で開けてください。こちらにも見えるように
ソバル:
(その手があったか!!)
フォー:
(さすが一番若くて頭の切れるネコラだ!!)
シエル:
では
パカッ
香りが一気に広がり、周囲を満たす
首脳たち:
ふおおおおおお
なんと…なんとかぐわしい…!
フォー:
ええい、見ていても始まらん!
同じものを持って来たまえ!大至急だ!
主:
シエルさんを通してもらえれば…
ソバル:
おや?
会議中に出前など、と言ったのは誰だったか?
部下たち:
シエル殿の知己なら彼はソバル側!
勝手は謹んでいただきたい!
フォー:
うっ…!
シエルが言い争いを止めようとするがうまくいかない
シエル:
いつまで不毛なことを…!
ネコラも黙りこくっている
ネコラ:
……。
ジンソク、シンプルな解決策を思いつく
主:
俺は円卓の真ん中から来たんで、中立ってことで両方に配達しましょうか?
フォー、ソバル:
それだ!!
シエル:
ジンソク、君は救世主だ…!
時間経過。全員分(20人前くらい)持ってきた
珍味ばかりでうんざりしていた首脳陣、感激
首脳陣:
うまい!!うまい!!!
料理人を呼べ! これを再現させるのだ! なに、夜の分の石を焼いていて手を離せない?
主:
ちょうど焼石があるなら作れるんじゃないですか?
石焼きハンバーグを作ってみる
ジュウウウウ…
シエル、熱々を食べる
シエル:
焼き立てはっ…さらにっ…うまいっ…!!
ソバル:
もっと!もっと材料を持ってくるのだ!
シェフ:
それで最後でございます
シェフ:
牛と豚、それにチーズも品薄となっておりまして
市場から強引に調達すれば民の反感を買うでしょう
フォー:
なんだと?
どうしてそんなことに…はっ
ソバル:
レーメンが魔物に占領された影響がすでにそこまで!?
シエル、すかさず団結を呼びかける。かっこいいけど口の周りは汚い
シエル:
今こそ力を合わせてレーメンを解放し!
この料理を毎日食べられるようにする時ではありませんか!
全員の心がひとつになり、拍手が起きる
ジンソクも拍手
主:
やるじゃんシエルさん
ソースついてるけど…
この後、ソバルとフォーはすぐさま連合軍を編成
レーメンの一部を奪還し、食肉や乳製品の流通を回復させたという
そして俺にも…
主:
チップだああああああ!!
後から調べたらあのビルに半地下などなかった。しかし現実に八十二万円ものチップが届いた
レーメンの復興支援で少なくなってすまないとのこと。でもめっちゃうれしい
ちなみに
シェフ:
反撃成功を祝して、焼いた石でございます
フォー、ソバル:
あの、ハンバーグは…
シェフ:
祝いの席ですので
形にこだわって首脳会談で揉めていたメンツは、しばらく形式にのっとった祝賀珍味を食べるはめになったとか
場面転換。魔王城へ
魔王城。いかにもといった城
北の地の果て、魔王城
玉座に座っている魔王に側近が報告する
側近:
魔王様、レーメン南部より同胞は撤退いたしました
ククク、すでに目的は達した
レーメンの民はよい仕事をしたものよ
魔王の膝にはウサギさん
魔王:
ウサギさんはやはりかわいい
側近:
この土地では増やすのが難しいですからね
魔王:
お世話の仕方は?
側近:
ウサギ名人から聞き出したものがこちらに
魔王:
ククク、素晴らしい…!
側近:
それとスパイからひとつ追加報告が
我らの障害たりうる者を見つけた、と
魔王:
名は?
側近:
シエル・ターコイズ
それと、ジンソク
魔王:
ククク、覚えておこう…
人族と魔族との戦いは、始まったばかりである――!
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