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Animeloot×異世界転生小説(3370編)#2

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「ていうかアニータ、君の初期プログラムには、すぐ人間の生活に適用して仕事ができるように、一般常識はぜんぶプログラムされてるはずじゃないのか?」
「はい。そのはずなのですが、どういうわけか、記憶データの一部が欠損してしまったみたいです」

 メモリーに支障を来したのか、記憶の一部が消えたという。俺みたいに。
 これはひょっとすると、ブロック世界から別のブロック世界へと転移した際に、そういった障害が出るのかも。

「君も俺と同じ症状ってわけね。……けど大丈夫! 俺は思い出せたし、君もそのうち思い出せるよ。ていうか、わかる範囲なら教えるし」
「ありがとうございます」

 今度は両手を胸の前で握り合わせて、羨望の眼差し的な視線を寄越すアニータ。
リアクションがちょっとオーバーだけど、そこはプログラムされたロボット。素直に可愛い。
「とりあえず移動しよう。逃げて来たのはいいけど、ここがどんな世界なのか調べて、今後どうするか決めないとね」
 
歩ける? と、俺は手を差し出す。
驚いたように手を広げるアニータ。
「――違う立場の者にも、ヘイボン様はお気遣い下さるんですね」
「え?」
「わたしはご奉仕する立場。この状況は想定外だったもので」
 
そうか。メイドロボットのアニータにとっては、自分が何らかの施しや気遣いを受けることがイレギュラーなんだな……。
「いい? アニータ」
「はい?」
 
差し出された手を取っていいのかどうか、決め兼ねている様子のアニータに、俺は言う。
「自分の立場を奢って気遣いの一つもできないような人に、ご奉仕なんてしちゃダメだからね?」
「ご奉仕しないとなると、わたしの存在価値がなくなってしまいます」
「……なくならないよ。君の存在価値を否定する権利なんて誰にもない」
「そう、……なのですか?」
 
 プログラムに無いようなことを言われてショートしないかな?
「そういうものだよ。だから、いい? 自分でよく考えてから判断すること。約束ね!」
 アニータは目をパチパチさせ、
「わかりました。わたしはよく考えます」

と、微笑んで優しく俺の手を握った。
 ああ可愛い。
 東に見える街を目指した俺たちはその道中、少し南へ逸れた場所に、四角形をした二階建ての小さな学校を思わせる建造物を発見。一先ずそこを調べることにした。
建造物を見た感じ、文明レベルは俺たちと近いように思われる。
 
――でも。
「なんだろう? ここ」
 建造物を前に思わず漏らす。
 建造物全体が黒く焼け焦げ、窓枠と思しき部分にはガラス板が一切無かったのだ。まるで火事で全焼したあとみたいに。
 
ここは別のブロック世界の星だ。建造物に窓が無いのがデフォルトなのかもしれないけど、焼け焦げているのは理解し難い。
 
 また妙な違和感。どう見ても普通じゃないよ。
「火事でしょうか?」
「火事も恐いけど、もっと恐い感じがするんだよね……」
 
 俺の勘が警鐘を鳴らす。俺は昔から勘が鋭くて、嘘を見抜いたり、話の裏で起こっているであろう出来事を想像して的中させたりといった芸当を人知れずやってきたから、今回のも当たりそうで恐い。
 
 咄嗟に【ポータル】を使ったときみたいに、『行ける!』とポジティブに予想した場合も当たったりするから、どうにかポジティブに捉えたいけど……。
「もありませんね」
 
 くるりと、ターンするようにして周囲を見回すアニータ。
「それも気になってる。ここへ来て、まだこの惑星の生物を全然見てないからね」
人気も無ければ風も、文明の活気を思わせる何らかの音や振動も無い。まるで嵐の前の静けさだ。
 
俺はヘッドマウントディスプレイで、パワードスーツの兵装をチェックする。
 背中に嵌めこむ状態で装備したパルスライフルの残弾はエネルギーマガジン一つ分のみ。アニータを担いで逃げるのに夢中で補給し忘れた。
 
残る武器は、右腕に取り付けた腕輪状のショックバンカーだけ。衝撃波発射装置、波動兵器などと呼ばれる、爆風に似た強力な衝撃波を打ち出す近接武器。
「……戦いの準備ですか?」
 
 不安そうなアニータ。そうだよね。目覚めたら違う惑星にいて、ご主人様がどこの誰ともわからないやつで、しかも物騒な場所で物騒なものを構えてるんだから……。
「未知の惑星だし、一応ね。この世界の住人が友好的とは限らないし」
 
 こっちの緊張感が伝わらないよう、明るい表情で言う。
プライマリ・ウェポンのパルスライフルを手に持ち、建物の入り口から中を伺う。
途端、強烈な焦げの臭気が鼻を衝いた。「くさっ!」と思わず呻く俺だが、アニータの方はきょとんとしている。
 
 地球でいう電力的な、何らかのエネルギーが断たれたのか、あるいは明かりをさほど必要としない文明なのか、中は真っ暗。
「ここで待ってて?」
 振り向いてそう言い、俺はパルスライフルに取り付けられたライトを点灯。すると、

 「わたしはヘイボン様にご奉仕する身です。奉仕内容は、あんなことやそんなことはもちろん、身辺の警護も含まれます」
 あんなことやそんなことが何なのかわからないけど、着いてくるつもりらしい。
「まぁ、しょうがないか。もし何かのトラブルではぐれたら嫌だし」
 
 俺はやれやれ、といった感じで肩を竦めて見せた。
 けど本当は、ちょっと嬉しいというかほっとした。正直、心細かったから。
 二人で縦一列になって建造物内部を進む。通路の両サイドには別の部屋へと続く出入口が設けてあり、ライトで奥を照らすと、何やら物物しい機械のようなものが壁に沿ってぎっしりと並んでいるのが見えた。各部屋の出入り口も、大型機材搬入を考慮してか、俺たち人間が使用する建物の標準的な出入り口よりも幅広だ。
 
 黒焦げの建造物に、黒焦げの機械。やはりただ事じゃないなにかが起きたんだ。床や壁も黒ずんでいるし、細かい破片のような異物が散乱した状態だ。
「ヘイボン様」
 ここでアニータが俺の背をコツコツと叩いた。

 「――音がします」
 振り向いた俺と目を合わせ、彼女は言う。
「何かが動く音です」
「うそ⁉」
 俺は耳を澄ますが、何も聞こえない。もっと奥の部屋からか?
「わたしはご奉仕用に開発されたロボットですので、ご主人様やそのお子様のどんなお声も聞き逃さないよう、聴覚センサーが高性能なものになっています」
「こういうとき、耳がいいのはすごく助かるよ」
 
 ここの探索が何事もなく終わったら、頭を撫でてやりたい。
「その音はどこから?」
「進行方向の向かって右側。二つ目の部屋です」
 俺は自分のヘルメットに内蔵された聴覚センサーの感度を最大まで上げてみる。
 そうしてライフルを構え、慎重に進む。一歩踏み出すたび、床に散乱する異物から大きな音が出そうでひやひやする。

「なにが起こっても、俺の側から離れないでね?」
 部屋の前に立った俺が小声で言うと、アニータも口を閉じて小さく頷いた。
 俺は意を決して大きく踏み込んだ。素早く室内をクリアリング。
 聴覚センサーが、部屋の左奥から呻くような低い声と、重量のあるものが動く衣擦れのような音を拾った。
 俺のライトが照らす先――タッチパネルのような機械の裏手から、は現れた。
 ずんぐりと丸みを帯びた身体に、二本の太い腕と太い足。頭を金属製のヘルメットのようなもので覆った、人型の宇宙人‼

 「――ッ⁉」
 俺は声を上げそうになるのを必死に堪え、片手でアニータを後ろに庇った。
 もう一方の腕でライフルを構えたまま、俺は一歩後退。宇宙人との距離を保つ。
「※※※……※※?」
 宇宙人が声を発した。なにやら様子がおかしい。一歩踏み出す度にふらつく身体は見るからにボロボロだ。素材は不明だが、身に纏う宇宙服に似た衣服は、全体が焼け焦げたかのように黒く損傷している。まるで火災現場で発見された、全身大火傷の生存者みたいだ。
 
 俺はすぐさまヘッドマウントディスプレイを操作し、翻訳機能をОNにする。これはドイツ製で、【デーモン】の言葉を解読するために開発されたもの。
【デーモン】も、俺たちは宇宙人の類として認識していた。目の前の宇宙人も、地球外生命体という括りで見れば【デーモン】と同じだから、翻訳機能を発揮してくれるかもしれない。
「※※※……※※?」
 同じような発音で宇宙人が言った。同じ言葉を二度言ったのか?
 ヘッドマウントディスプレイの右端には、翻訳中を意味する波線が表示されている。
 それに次いで、

 『ソバニ……イテ』
 という文字がポップアップ。
 に居て……と言っているのか? 
 俺とアニータはこの星の住人じゃないのに?
 どう対応したものかと逡巡する俺の前で、宇宙人はバランスを崩して仰向けに倒れてしまう。

 「ソバニ……イテ」
 宇宙人はその太い腕を、しかし弱々しくゆっくりと持ち上げ、俺の方へと伸ばしてくる。
――見えて、ないんだ。元々視覚が弱い種族なのか、あるいはこの異常な状況でいてしまったのか……。
 彼から見れば異星人の俺たちを目の前にして、動揺の一つもないということは、恐らく後者だろう。
 
 「――はい」
 そのときだ。俺の横を静かに歩んだアニータが、差し出された宇宙人の手をそっと掴んだ。
 そうして足を揃えてしゃがみ込み、もう一方の手も添えて、包み込むように。
「お傍におります」
 アニータの語りかけるような声を聞いた宇宙人は、その言語の違いに違和感を覚えたか、一瞬身体を強張らせ、呼吸が乱れた。だが、アニータが優しく宇宙人の手を握って擦り続けると、次第に落ち着きを取り戻していく。
「大丈夫です」

  アニータは、まるで本当の心を持っているみたいに、温かみのある声で言う。
 これが、学習機能付きのご奉仕ロボット。噂通り、自分で学び、状況を判断できるんだ……。
「…………」
 宇宙人の震える腕が、がくりと脱力する。
 助からなかった、か……。
「わたしはヘイボン様から学びました。立場が違っても、気遣いは大事」
 アニータは言って、宇宙人の腕をそっと降ろす。
「きっとこの方は、誰かに最期を看取ってほしかったのだと考えます」
「そう、だね……」

  彼女の隣に腰を下ろし、俺は十字を切った。
 アニータも倣う。
 やはり、この惑星で何か恐ろしいことが起きたのは間違いない。
 死者への祈りを捧げた俺は立ち上がり、何か情報を得られないかと部屋を捜索する。
 何か、文字を記載した媒体があれば、それを翻訳機能で解読して情報を得られる。
「アニータ、一緒に文字を探してくれる?」
 と振り向いたときにはすでに、アニータも動いていた。人の動きを見ただけで目的を察する能力もあるなんて!

 「ヘイボン様、音がします」
 と、アニータが指差したのは壁にぎっしりと並ぶ、焼け焦げた機械。その内の一つから『バチッ』という電気的な音が発せられたので近づいてみると、どうやらまだ生きていることがわかった。
 その機械はモニターつきで、何やら文字が表示されている!
「アニータ、ナイス」
 俺は翻訳機能を使って文字の解読に掛かる。機械のモニター下部には、ノートPCのタッチパットのような操作板があり、奇跡的に動くこともわかった。
 俺は操作板を使って、表示された文章を見られるだけ見て、開ける情報ファイルは片っ端から開いていく。
 さすがにすべての文字は翻訳できず、途切れ途切れではあるが、いくつかの単語を拾うことができた。
 

 結果、俺たちが今居る建造物はどうやら、街を警護する軍事施設らしく、警戒態勢を敷いていたことがわかった。
 中でも目を引いたのは、別のファイルに記録されていた文章で、そこには『未知』『怪物』『驚異的』『戦争状態』『悪化』といった単語。
『怪物』『戦争状態』

――恐らくは、同じだ。ここは俺たちの地球と同じ、戦争禍の惑星なんだ。
 逃げられたと思ったら、また戦争かよ。
「なんと書いてあるのですか?」
 隣で一緒に画面を覗き込んでいたアニータが言った。か、顔近い。
「――たぶん、この宇宙人たちは『怪物』と戦争状態にあったんだと思う。俺たち人類みたいに……」
『怪物』が何なのか確かめようと、画像データを探すものの、見つけられない。破損して開くことができないファイルも多く、もしかするとそこにあるのかもしれない。
 仕方なく、俺は見られる範囲の翻訳を続け、そして――。
「――っ⁉」
 を見つけて、息を呑んだ。翻訳された単語は、

『焼却』
 黒ずんだ建造物。損傷が激しく、息を引き取った宇宙人。
 見出した単語はまだある。
『目標』
『地上』
『街』
『すべて』
 

それら不吉な単語を繋ぎ合わせて、俺は一つの結論に辿り着く。
「怪物と戦争状態にあった宇宙人たちは追い詰められて、最後の手段として地上を焼却したんだと思う。荒野の砂が波紋みたいな模様をしていたのは、きっと焼却のための爆発――衝撃波が原因なんじゃないかな?」
 さっきの宇宙人は逃げ遅れたか、あるいは……。
「では、宇宙人たちは自らを犠牲にして、怪物諸とも滅びたのでしょうか?」
 俺は更に読める単語を探した。すると、『地下』『避難』といった文字が。
「――いや、まだわからない。もしかすると、地下に避難して焼却を回避した宇宙人がいるかもしれない」
 俺の解釈がぜんぶ当たっていればだけど……。

「では、街に行ってみませんか? 街の地下に、避難シェルターがあるかもしれません」
 と、アニータ。
 彼女の言う通りだ。今はとにかく、生きていける環境が必要だ。街に宇宙人の生き残りが居て、意思疎通ができれば道が開ける。
「行く価値ありだね。水と食料も確保しなくちゃだし……それに、もしその怪物とやらがまだ生き残ってるなら、さっきの宇宙人の仇を討ってあげたい」
 俺はアニータと頷き合い、共に軍事施設を出た。

 件の街は、軍事施設から東へ一〇キロほど進んだ場所にあった。
【ポータル】の出現ポイントからではよく見えなかったけど、近づくにつれて、街全体が黒く焼かれ、無事な建造物が見当たらないことがわかった。
「ひどい状態ですね」
「俺も同じこと思ってた……」
 と、俺たちは街の入り口で呆然と立ち尽くす。
 正直、戦争禍にあったイタリアの街の方がまだマシだ。少なくとも、生活はできていたから。
 でも、ここは違う。

 街の構造こそ地球のものと似ているが、建造物の間を通る道にはもはや原型がどうだったのかわからないくらいに破壊された、椅子が剥き出しになった乗り物のようなものや、何らかの機械の残骸が山積みになって行く手を遮っている。
 

これじゃ、仮に地下に避難所があったとしても、生き埋めになってしまっている可能性が出てくる。
 さすがにこんな惨状なら、『怪物』っていうのは排除されたと考えていいかもしれないけど、支払った対価はあまりにも大きい。
 さてどうしたものかと考えだしたそのときだ。
「ヘイボン様、音がします」
 アニータが俺の背をツンツンして言った。
「――マジ? どこから?」
「瓦礫で確認できませんが、通りの向こうからです」
 アニータが示したのは、真正面。街の大通りと思しき道。
「どんな音?」
「何か、息遣いのような音です。それも複数。近づいてきます」
 俺の聴覚センサー、たぶん感度落ちてるわこれ。【ポータル】をくぐったときに何か悪影響を受けたのかも。

俺はパルスライフルを構え、アニータを後ろに回す。
アニータが言うのだから、何か動くものが居るのは間違いない。近づいてくるのは宇宙人か? それとも――?
 俺がパルスライフルの照準器を覗き込んだ、次の瞬間。

「~~~~ッ‼」

 
 獣がり狂うかのような、身の毛立つ咆哮が響き渡り、瓦礫の山の頂に黒い影が躍り出た。
 ヘッドマウントディスプレイの望遠機能で正体を確認。
 全長二メートルほどある四つん這いの身体は四足獣のそれ。体毛の無い黒い肌はのっぺりとして光沢を帯びており、頭部は縦に長く、鋭利な形状をしている。瓦礫を踏みしめる筋肉質な四つの手足には鋭い爪があり、威嚇するかのように噛み締められた口からは赤黒い牙が覗く。
目のようなものは見当たらず、不気味な口部だけが存在を主張している。
 

――ゾクリと、そのおぞましい姿に悪寒が走った。
 どう見ても友好的じゃない怪物の姿に、俺は軍事施設で呼んだ『怪物』という単語を重ねる。

 ――まさか!
「アニータ、伏せて!」
 俺が叫ぶのと、瓦礫の上に現れた怪物が跳躍するのは同時だった。
 ヘッドマウントディスプレイが的確に上空の怪物を捉え、赤いロックオンマークが点灯。重いパルスライフルを怪物へ向ける際、肘や背中に備わった電動アクチュエーターがロックオンに連動して筋力を補助。素早く発砲。
 
 火薬の炸裂と電子ノイズが合わさったような音と共に、二点バーストで放たれたエネルギー弾が怪物の胴部を直撃した。
 弾を受けた怪物は雄叫びを上げながら落下。仕留めた!
 俺はそれをパルスライフルのストック部で殴り飛ばし、アニータから遠ざける。
 まさに怪物と呼ぶべき姿。恐らく、この惑星の宇宙人たちと戦争状態にあった『怪物』はあの四足獣だ。
 さっきの宇宙人が命を落としたのも、元を辿ればこの怪物が原因……。
 仇は討った。
「――うっ⁉」
 だが、俺は驚愕する。仕留めたはずの怪物が、むくりと起き上がったのだ。
「このッ! 焼却されたんじゃなかったのかよ⁉」
 こちらに牙を剥く怪物目掛け、更に三発撃ち込んだ。
 縦長の頭部を破裂させ、緑色の体液をぶちまけて、ようやく怪物は沈黙。
「――アニータ! 怪我はない⁉」
 振り返ると、その場に屈んでいたアニータが叫ぶ。
「ヘイボン様! 危ない!」
「え?」
 アニータが指差す方へ向き直る俺の眼前に、赤黒い牙のついたが迫っていた。

しまった!

 アニータは言っていたじゃないか。音はって。

「――っ⁉」
 俺は思わずパルスライフルを横向けて構え、防御姿勢を取った。だがその刹那――。
「グォオオオオオオ‼」
 という叫びを上げ、眼前にあった怪物の口腔が横へとスライド。そして、怪物の頬にグーパンを叩き込んだアニータが現れた。
 
 怪物は周辺の瓦礫を散らしながら転がり、痛みにもがいている。
「あ、アニータさん?」
 あまりの衝撃に尻もちをついた俺に、アニータは振り返った。その表情にいつもの笑顔はない。怒ったようにきゅっと口を引き結び、眉宇を引き締め、瞳がメラメラと燃え盛る炎のように赤く光って見える。

「ヘイボン様を、守ります!」
「え、ちょっ⁉」
 狼狽える俺が見つめる先で、地を蹴ったアニータは怪物に対して追い打ちを掛けた。
「はぁあああッ‼」
 気迫と共に、アニータはその美脚を空目掛け振り上げる。
 怒れるメイドの踵落としが、再び襲いかかろうと身構えていた怪物の頭部を粉砕した。
 

 可愛らしいロングスカートに隠れて見えなかったけど、アニータの足はめちゃくちゃスレンダーだった。
 なにこれ? 惚れそう。
 ご奉仕メイドロボットでしょ? 戦闘までこなせちゃうなんて聞いてないよ?
「――わたしは、ヘイボン様にご奉仕するメイドロボット!」
 

 瓦礫の山を越え、続々と現れる怪物たちに向かって、彼女は高らかに言い放つ。
「奉仕内容は、あんなことやそんなことはもちろん、身辺の警護も含まれます!」
 まるで格闘家のように両足を前後に開き、両の拳を胸の前で構えるアニータ。
 普段は健気で尊いメイドの子が、今このときだけは、頼もしい戦士に見えた。
 ――だけど!
「あいつらに言葉は通じそうにないね」
 俺は兵士だ。ロボットだろうと何だろうと、女の子を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
「まぁでも、ありがと。おかげで助かったよ」
 アニータの肩に優しく手を置き、彼女の前へと出る。
「あいつらは俺が迎え撃つから、アニータは自分のことを守って? 無理しちゃダメだからね?」
「わかりました。ヘイボン様」
 
 パワードスーツ越しだけど、アニータの背中が俺の背中に触れるのがわかった。
 背中合わせで、俺たちは怪物の群れを迎え撃つ。
 獲物を前に痺れを切らしたか、三匹の怪物が動いた。
 俺は自分の正面から襲い来る3匹に、フルオートに切り替えたパルスライフルの全弾を見舞う。極力、背後に立つアニータの方へは回り込ませない!
 怪物はざっと見てあと十数匹。
 
 俺は弾切れになったパルスライフルを捨て、ヘルメットを外す。
 ヘルメットに備わるロックオン機能は、それに連動してアクチュエーターがパワー面でサポートしてくれるから便利だけど、自動制御で自由が利かないうえ、動きが単調で隙が生じ易い。
 だから俺のように抜群の戦闘センスを持つハイクラスな兵士は、ヘルメットをあえて外す。
 そうして、アクチュエーターを自分の意思で自在に操るんだ。
 俺が主力武器を背の格納部へ戻すと、チャンスとでも思ったか、怪物どもは一斉に飛び掛かってきた。
「アニータ! 左に回り込んだ敵をお願い!」
「はい!」
 俺はやむを得ずそう指示する。ここはアニータの戦闘能力を信じるしかない!
 俺は右腕の手首に装備したセカンダリー・ウェポン【ショックバンカー】を起動。
 腕輪のような形状をしたそれが、『キュィィィン』というチャージ音を発し――、
 俺の前と後ろから迫る複数の怪物が迫る!

「――ショックバンカーッ‼」

 俺の声で音声認識トリガーが作動。前方へ向けて、車をも容易く吹き飛ばす衝撃波が発射された。
 全く同時に俺の背後――つまり右腕の肘側へ向けて、衝撃波を相殺するための衝撃波が放たれ、俺自身が後ろへ吹き飛ぶことを防ぐ。
 前後へ向けて同時に発射された衝撃波が、俺を挟み撃ちにしようとしていた怪物どもを残らず吹き飛ばした。
 
 アニータに左側を任せたのは、俺の背後へ発射される衝撃波を回避させるため!
これでも戦闘訓練の成績はイタリア軍の中でもだったんでね。
 自分のみならず、パートナーの位置、敵の位置、細かな状況を把握しながら戦う、の兵士だからこそできる技!
 吹き飛ばされた怪物どもは、頭蓋が割れるか、瓦礫の角に突き刺さるかして絶命。
 俺は今の衝撃波で一瞬怯んでいた残りの怪物たちを仕留めていく。
 
 ショックバンカーもパワードスーツのエネルギーで作動する。使用可能回数は全部で五発。
「――やめてください!」
 四発目で周りの怪物を蹴散らした俺が振り返ると、少し離れたところでアニータがそう叫びながら、スカートに噛み付いた怪物の頭を蹴って破壊していた。
 俺は辺りを見回して怪物がいないことを確かめ、アニータのもとへ。
「大丈夫? アニータ」
「はい。ですが、スカートが……」
悲し気なアニータ。スカートの裾はズタボロだ。
「ごめんね、アニータ。残念だけど、噛まれた部分よりもう少し上の辺りに合わせて、スカートの布全体をぐるっとカットしよう」
 
 スカートは歩いたり座ったりする度、気付かないうちに人肌に触れるもの。怪物があの鋭い牙で噛みついた布に、どんな菌がついているかわからない。
 ロボットだからといって悪影響が無いとは言い切れないし……。
 だから噛まれた場所より少し上の部分から、スカートの布をカットして、菌による悪影響を予防する必要があるんだ。
 本当なら、布は包帯代わりにもなるから貴重なんだけど、この場合は仕方がない。
 俺は腰の小さなバックパックからサバイバルナイフを取り出し、作業に掛かる。
「そこに立って、じっとしてて?」
「はい……」
 ビリビリ、と布の割ける音が心苦しい。
「……終わった。これで大丈夫」
 と、しゃがんでいた俺はアニータを見上げ、そこで気付く。

 彼女の背後に現れたに。

「危ないッ!」
 俺は咄嗟にアニータを引き寄せて身を捻り、から彼女を庇う。
 背中に衝撃。
「ぐあぁッ⁉」
 俺は派手に吹き飛ばされ、十メートル以上離れた瓦礫の山に突っ込んだ。
 全身に鈍い痛みが走る。ふと横を見遣ると、数センチ先に鋭く尖った瓦礫の一部。危うく死ぬところだ。
 くらくらする頭を振り、俺はアニータがいる前方へ意識を集中する。
 完全に油断した。
 アニータもスカートに意識を向けていたからか、の接近に気付き遅れた。
 そのの正体は――、

「ヴォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼」

 怪物の、親玉!
今まで倒した怪物の優に三倍はありそうな図体から発せられる雄叫びは、空気と大地を震動させる。
「アニータ! 逃げて!」
 俺は瓦礫から抜け出そうとするが、ダメだ! うまくいかない!
 頼みのショックバンカーは射程が短く、ここからでは届かない!
 くそ! アニータ!
 俺の視界が潤む。
 ごめん、守ってあげられない!
 これから起こるであろう凄惨な光景を想像してしまい、思わず目を閉じる。
 ――だが。
「ヘイボン様をよくもぉおおおおおおおおおおおッッ‼」
 怪物の親玉に負けないレベルの、アニータの雄叫びが響き渡った。
「――え?」
 目を開けた俺が見たのは、ショートスカート姿になったアニータが、華麗なを親玉に放った瞬間だった。
 パ、パンツ見え――、
「ブオォオオオッ⁉」
 突如としてアニータの蹴りを顔面に喰らった親玉は呻き声を漏らす。
 アニータはさらに、
「――ショックバンカァアアアアアアアアアアアアアアッッ‼」
 あろうことか、俺の掛け声まで学んじゃってる!
 彼女が叫びつつ放ったのは、渾身の右ストレート!
「グギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼」
 怪物の親玉はアニータのグーパンを腹部に喰らって盛大に吹き飛び、廃墟と化した高層建造物の壁に激突して爆散。
 

 緑色の体液が雨のように降り注ぎ、戦闘は終わった。
「――ヘイボン様! 大丈夫ですか?」
「パ、パンツ……」
 放心状態だった俺は瓦礫の山からアニータに引っ張り出されて我に返る。
「あ、ありがとうアニータ。……君って、その、見た目によらず強いんだね」
「緊急時のプログラムに、ある程度の戦闘スキルも含まれているんです。ご奉仕するご主人様をお守りできないようでは、存在理由がありませんので」
 アニータはも当たり前のように言った。
「……ご奉仕するだけが、君の取柄じゃないよ」
そう言いつつの俺はふと、アニータの右腕に目を遣る――違和感。
「――アニータ! その腕ッ!」
「はい?」
 俺が急に声を上げたので、アニータはきょとん顔。
 ショックバンカーという名のパンチを放ったアニータの右腕は、手首の関節、肘の関節がそれぞれ損傷していた。少女の細腕そっくりに滑らかな形状をしていたのが、見るも無残にひしゃげ、所々割けて、内部の骨格や配線が剥き出しになっている。
 あれだけの巨体を一撃で殴り飛ばしたのだ。腕に相当な衝撃と負担が掛かったに違いない。
「ごめん! こんなになるまで戦わせて……」
「いえ。ヘイボン様は無傷なのですから、何の問題もありません」
「問題あるよ! 君が傷ついてるんだもん!」
「痛みはありませんよ?」
「そうじゃない!」
 

 俺はアニータの両肩を掴んで抱き寄せる。
 ロボットってやつは、賢いくせに鈍感だ。
 ――ぽつり。
 俺の身体を覆うパワードスーツに、水滴が落ちる。
 雨、か。この惑星でも降るんだな……。まるで、泣いているみたいだ。
「――ヘイボン様?」
「――存在価値が無いだとか、痛くないとか、そんな悲しいこと言わないで」
 アニータの華奢な身体は、驚くほど冷たい。
「ヘイボン様。わたしはあなたを悲しませてしまっているのですか?」
 問われ、俺は彼女を抱きしめる腕に力を込める。
雨が強まっていく。
「お願いだから、もっと自分を大事にしてよ」
 ロボットには思考回路があるんだ。だったら、心もあったっておかしくないよね?
「君の取柄はいっぱいあるよ。優しいし、真面目だし、勤勉だし、頼もしいし」
この鼓動の音、君なら聴こえるよね?
 ――届いて!
この温もり、優しい君ならわかるよね?
 ――届いてよ!
「俺は、そんな君が好きなんだよ」
「っ――」
 アニータは息を呑んだかのように、綺麗な目を見開いた。
「俺は、……俺は、君を大事にしたい。だから君も、自分を大事にしてほしい。約束して?」
「…………」
 アニータは、視線を俺の目から胸へと逸らし目を閉じた。
 立ち尽くすだけだった彼女の、その左腕が、俺の背中に回された。
 目を閉じたアニータは、まるで心地を感じるかのように、そっと俺の胸に顔を埋める。
「――お約束します、ヘイボン様。そして、ごめんなさい」
「いいんだ。わかってくれれば」
 答えてくれたアニータの頭を、俺はそっと撫でた。

「――絆は深まったか? 」

 その声は唐突に。
芽生えた花を摘み取るように。
 俺の背後から。
冷たく突き刺すように聞こえてきた。
 男の低い声だ。
 俺はその主を知っている。その主が何者なのかも。
「アニータ」
「いまの声は?」
 アニータが俺の胸に埋めていた顔を上げる。
 世界を管理する【ブロック】が本当に神様なら、今だけは感謝しよう。
 この立ち位置は幸運だから。
 俺がこうして盾になっていれば、アニータは奴を見ないで済むから。
「――後ろを振り向いて走って」
「え?」
「いいから!」
 

俺はアニータから腕を離し、すぐさま振り返る。
 冷たい声の主へと。
 俺が振り返った先に立っていたのは、人の形をした。
 背丈は一八〇センチくらい。靄掛かっているから細部まではわからないが恐らく痩せ型。
 人間でいう顔の部分には、目と思しき紫色の不気味な光が二つ。
俺たち人類の宿敵【デーモン】だ。その邪悪な外観からそう名付けられた。
 恐ろしく強い以外のことはほとんどが不明の存在。
「お前たち人類は、なかなか手こずらせてくれるな」
「……他のみんなをどうした?」
 
 俺は問いながら、どうするか考える。
 みんな――イタリアのみんなをどうしたかって? 答えは知れてる。
こめかみを汗が流れた。
「全員、我々が生け捕りにした。お前たちが【デーモン】と呼ぶ、この我々がな」
 そう。【デーモン】は侵略を行って相手を制圧すると、生存者を生け捕って奴隷にするんだ。
【デーモン】が欲しいのは領土でも金でも名誉でもなく、他の種族を支配下に置く優越感。それを得るためなら戦争だって喜んでけしかけるような連中だ。
「我々は一つの種族に目をつけると、すべてを手に入れたがる質でな。お前たちの言葉に、ってあるだろう? 似たようなものだ。一度集め出したら、すべて欲しくなる」
 人間よりも長さのある両腕を広げ、雨降る曇天の空を見上げて、【デーモン】は言う。
「だ。この意味わかるよな? あとは、イタリア機甲師団最後の一人。お前だけだ」
 なんともオーバーな身振りで自己陶酔に浸った【デーモン】は、こっちへ向き直る。
 さて、どうしたものか。


「お前は自分の運の良さに感謝したほうがいい。偶然開発が間に合っていた【ポータル】を偶然見つけて、一か八かで試した転移が成功したんだからな」
 理屈はわからないが、【デーモン】は俺がへ来た経緯を知っているみたいだ。それで、俺の転移先の座標を調べて追ってきたというわけか。
 見れば、靄掛かった【デーモン】の腰の辺りに、【ポータル】が一つ吊り下げられている。
【ポータル】は使い捨てだから、あれは奴が地球に帰るためのものに違いない。
「昔から勘が鋭くてね。今回もそれに従っただけさ」
 言いながらった俺だが、そこで何かにコツンとぶつかった。
「あぅ」
 ぶつかったことで小さく呻いた相手は、まさかのアニータ!
「なんで居るの⁉ 逃げてって言ったでしょ⁉」
「でも、自分でよく考えて判断するようにとも仰いました」
 と、申し訳なさそうなアニータは続ける。
「わたしは考えて、ヘイボン様の傍に居ようと決めたんです」
 もぉ、ロボットってやつは……。
 この危機的状況にも拘わらず、俺は微笑んでしまう。
 

 命令通りに動くだけがロボットじゃないんだな。ときにこうして、人間みたいなことをするんだ。
 しかも、そのおかげで閃いた。
「果たして、その勘の鋭さとやらはいつまで続くかな? そのロボットはお前の命令に逆らった。それは予想できていたか?」
 と、【デーモン】は尚も近づいてくる。
「強がっても無駄だ。大人しく軍門に下れ。勝敗は見えている」

 【デーモン】の言っていることは気にせずアニータに耳打ちした俺は、鼻で笑ってみせた。
「なにを言ってるんだか。あんたらは人間をわかってないよ。戦いは死んだら負け。つまり生きてさえいれば勝ちだ! 生け捕りにしたからなに? 支配したからなに? そんなことで俺たちイタリア人――いや、人類は負けない!」
 すると、【デーモン】はその長い腕を折り曲げ、『やれやれ』といった感じで肩を竦める。
「これだから手こずらされるんだ。お前たちの往生際が悪いせいで、面倒な作業が増える」
 
【デーモン】にとって作業とは、戦闘に他ならない。
 人類よりも遥かに格上の存在だと自称する【デーモン】にとって、俺たちとの戦闘は命のやり取りではなく、単なる作業に過ぎないんだ。
 やれば終わる作業。やっつけで片づける作業。恐怖も懸念も不要なら、作戦も支援も不要。
 それだけ、【デーモン】と人間の戦闘力には差がある。
 そしてそれを、俺は知っている。
「――そら、終わりだ」
【デーモン】は鬼気迫る睨み合いも呼吸も無く、然も面倒そうに両腕を伸ばしてきた。
「アニータ!」
 俺の合図で、アニータが耳打ちした通りに動く。
「はぁッ!」
 彼女は人間の範疇を超えた脚力で飛び上がり、【デーモン】の顔を狙って蹴りを繰り出した。
「ッ!」
 だが、【デーモン】が念じるかのように力むと、目に見えない謎の衝撃波がアニータへ放たれ、真正面からそれを喰らった彼女は身を捻り、ダメージをうまくいなしながらバク宙を切る形で後方へと退く。
【デーモン】の今の能力は、ショックバンカー開発の閃きとなったもの。
 俺はこの一連の流れを利用して、【デーモン】の懐に飛び込んでいた。奴の腹目掛け、ショックバンカーをチャージした右腕を引き絞る。
「ショック――っ!」
「無駄だ」
【デーモン】がうんざりしたような声音で言うと、今まさに発射されるはずだった俺のショックバンカーが、――その最後の一発が、謎の力によって不発に終わってしまう。
【デーモン】は両腕を伸ばすことによって、意識を集中した相手に対して念力のようなものを作用させることができるのだ。
 アニータを吹き飛ばしたように。そして俺のショックバンカーを無効化したように。
「――知ってる」
 だが俺は、嗤う。

【デーモン】が念力を使う条件は両腕を伸ばすこと。
 俺はまだ奴の懐にいる。人間よりも長い腕を持つ【デーモン】は咄嗟に腕を引っ込められない。それは、懐に潜り込んだ敵にすぐ対応できないのと同じ!
 

俺はこの一瞬の隙に、奴の腰にある【ポータル】を奪取。
 ここで、初めて危機を感じたであろう【デーモン】が俺に対して、アニータに見舞った衝撃波を打ち出してきた。
 なので俺はありがたくその衝撃波に身を任せて後方へと吹き飛ぶ。アニータの待つ方へ。
 生身の人間なら内臓が潰れていてもおかしくないが、パワードスーツ着てるから平気なんだよね。
「――お帰りなさいませ」
 と、吹き飛んだ俺を左腕で軽々とキャッチしたアニータが微笑んだ。
「サンキュ! ナイスタイミング」
 再び大地へと足を降ろした俺は、アニータと向かい合い、二人そろって【デーモン】を振り返る。
 奴も俺が仕掛けたことに、今になって気付いたらしい。
「――え? あの、それ俺が帰るためのやつ……」
 などと動揺した声を漏らす【デーモン】。
 そこへ、街の奥の方から怪物たちの咆哮がこだましてきた。『焼却』されてもしぶとく生きていた連中だ。まだまだ出てきてもおかしくない。

 ――果たして、誰が勝つのかな?
「【ポータル】、ありがたく頂戴するよ!」
 言って、俺はアニータに向き直る。
「転移座標の設定とかできないけど、一緒に来てくれる?」
「はい。ヘイボン様が行くところなら、どこへでも」
 俺の問いに、アニータは迷いなく頷いてくれた。
 二度目の転移もうまくいくなんて保証はどこにもない。
 でも、きっと大丈夫。そんな気がするんだ。
【ポータル】のスイッチを押す。すると、電子的な振動音が響き、俺たちのすぐ真横に、人間が二人通れるくらいの【穴】が出現。
 願わくば、次の世界でアニータの傷を治せますように。
 俺は祈りながらアニータの手を取り、同時に【穴】へ飛び込んだ。
 
途端、周囲が闇に包まれ、まるで無重力空間に入ったかのような浮遊感を覚えた。
「恐いですか?」
 アニータがそう聞いてきた。
「だ、大丈夫だよ」
「本当ですか? ヘイボン様は女の子ですから、真っ暗は苦手かと思いました」
「――実をいうと、少しだけ。でも、アニータが一緒だから大丈夫」
「安心してください。次の世界に着くまで、こうして守りますから」
 なにも見えない闇の中、アニータが俺を抱きしめた。
 俺も、抱きしめ返した。



Novels 志稲 祐(しいな ゆう)様 https://twitter.com/fealadyz33

Illustration 大海樹鈴様 https://twitter.com/KirinOomi

Music 柏木巴 https://twitter.com/AngelicEngage

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