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Animeloot×異世界転生小説(3370編)

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背中に衝撃を感じ、ぎゅっと閉じていた目を開く。
 視覚カメラの映像越しに、灰白色に濁った空が見え、のようにドス黒く不気味な雲が漂う。

【ポータル】を通り抜けた俺は仰向けに倒れていた。
 装着したヘルメット――それに備わるヘッドマウントディスプレイで酸素濃度などの環境状態を確認すると、俺がいた地球とほとんど変わらない。
「――成功、か?」
 身を起こして辺りを見回す。

 そこは一言で言えば荒野だった。
 見渡す限り、大地は砂が占めている。所々に岩もあるのがわかるが、植物は見当たらない。砂の感触は砂漠というより、海岸にあるような湿り気を帯びた感じだ。雨でも降ったのか……?

「どっこいせ」
 立ち上がって目をめる。遠くに何か物体が見えたので、ディスプレイを操作してその物体をマーク。視覚カメラの望遠機能で拡大。
 ――街だ。向かって東側に、街があるのが確認できた。
「……?」

 視覚カメラの拡大を解いて、改めて荒野を眺めた俺は、荒野全体に渡って模様が形成されていることに妙な違和感を覚えた。
 東に見える街から俺がいる場所まで、まるで水面に生じた波紋のように、弧を描く模様が幾重にも連なって広がっているのだ。

 砂地に波や風があれば、模様ができるのは当然だが、ここに海は無いし、風もほとんど無い。けどよく見ると、模様は砂が大きく隆起して波打つことで形成されている。これはかなり強い力――突風でも吹かない限り生じないレベルだ。

「――まぁいいか!」
 気を取り直すことにした。細かいことは後で! 今は無事に生きてることを喜ぼう。
 と、俺は自分のすぐ横に横たわるメイド服姿の美少女に目をやる。

 彼女は仰向けに横たわって眠るように目を閉じている。完璧に整った目鼻立ち、白い肌、本能的に守りたくなるような華奢な体躯。こんなに可愛い子見たことない。まさに完璧だ。
 

腕の部分を見ない限り、この美少女がだなんて誰も気づかないだろう。
 半袖のメイド衣装――その袖から先に覗く彼女の腕は、美しい銀色をした機械の腕。ロマンに溢れるイタリア人の科学者が血眼で作ったらしいが、そのこだわり抜いたデザインは違和感を払拭している。

「神よ、感謝します」
 俺は拝むように手を擦り合わせ、微動だにしない少女の、控えめに隆起した二つの丘を見つめる。確かここが起動スイッチだったはず……。
 そうして呼吸を整え、己の両手をそっと、その柔らかいお胸へと着陸させた。マンマミーア……。
 

すると、彼女の小さな口が僅かに開き、静かに息を吸う音と共に、胸部がゆっくりと上下した。なんて細かい演出なんだ!
 俺がなんとも形容しがたい背徳感に震える前で、メイド美少女は目を開いた。

 くりくりの目がきらりと光り、俺と視線を合わせる。
「おはようございます。あなたがご主人様ですか?」
 流暢なイタリア語。澄み渡る声で、彼女は言った。

 機械的な濁りの一切ない声に俺はまたもドキッとした。
「あ、ああ。よろしくな」
 俺はどもりながらヘルメットを外して顔を見せ、片手を差し出して彼女が立ち上がるのを手伝う。

「ご奉仕ロボット、アニータです。誠意を込めて、ご奉仕させて頂きます」
 メイドロボットはアニータと名乗り、スカートの裾を少し摘まんで、慎ましくお辞儀をした。
 うーん、可愛い。

「ご主人様のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ああ。名前は――」
 あれ? 名前が、出てこない。
「まぁその、平凡なやつだよ」
 仕方なくそう答えた。
「ヘイボン様ですね? ヘイボン様!」

「えっ?」
 気絶しそうなくらい可愛い笑顔で抱き着かれた。
 俺の名前、ヘイボンで覚えられたらしいけどもうこの際ヘイボンでいいや。
「ところでヘイボン様、ここはどこですか?」
 と、周囲を見渡すアニータの身長は一五〇センチ台。俺と頭一つ分の差。この身長差がまた絶妙に良い。

「ここはだな、その、俺にもよくわからないんだ」
 さてどう説明したものか。
 俺が装着している、頭からつま先までを覆う鎧――もといパワードスーツはイタリア製で、流線形のデザインが特徴だ。
 この装備はつまるところ、俺がイタリア軍第十機甲師団の一員である証なわけで、国のために戦う年若き十代後半の兵士であることを意味する。

 でもここはたぶん、地球ではないどこか別の星。
 ではどうして兵士の俺がここにメイドロボットと一緒にいるのか。
「……神妙なお顔をして、どうなさったんですか?」
 アニータが首を小さく傾げる仕草で俺の顔を覗き込む。ショートに切り揃えられたふわりとした髪が揺れた。
 

黒い短髪に黒目の、特筆する部分のない平凡な顔をまじまじと見つめられると照れるな。
「そ、それがな、どうも記憶の一部が飛んでるみたいなんだよ」
 ヘルメットをかぶり直し、再びヘッドアップディスプレイを起動させる俺。
 自分の身元や、したことは覚えているんだが、ここへ来る経緯の記憶が無い。
 視覚カメラの映像記録を辿って、俺たちがどんな理由でここへ来たのかを探る。
 そして思い出した。自分の名前も一緒に。
「…………っ!」
 俺は、逃げたんだ。戦場から。
 

俺たちイタリア人が戦う強敵――通称【デーモン】とかいう、正体のよくわからない奴らとの戦いから、このメイドロボットを抱えて逃げた。
世界から別の世界へと移動できる装置――【ポータル】は、『もう無理恐い逃げたい! 命だいじに!』的な心境で科学者たちが血眼で作った革命的デバイス。
戦時中のポジティブなニュースとして話題になったものだ。

【デーモン】に街を奇襲された大混乱の最中、科学施設の警護をしていた俺は偶然にも、携帯電話と同じくらいの大きさをしたこの丸い【ポータル】を入手して、一か八かの賭けで転移したってわけだ。
 ここが人間の生存に適した環境じゃなければそれでお陀仏だった。

「――思い出せましたか?」
「え? ま、まぁな。俺たちの街が敵に奇襲されて、君を守るために、咄嗟の判断で今に至る……」
 大体合ってるけど、『どうせ死ぬくらいならカワイ子ちゃんを抱いたまま死にたい』というヤケを起こして、これまた偶然にも施設に寝かされていたこの子を攫っていったなんて言えない。
 

戦い続きで科学者たちもたぶん疲れてたんだよ。だから武器作らないでメイド作ったんだよ。
 第二次大戦でイタリア軍は武器作りよりも戦地での美味しいパスタ作りに夢中で負けたとかいう伝説あるくらいだし。血は争えない。
「わたしを守るために、ですか?」
 俺の説明を聞いたアニータが、見る見るうちに顔を赤く染めていく。そんな機能まであるんだ! 両の手を頬に当ててオロオロする仕草まで!
 視線を泳がせたアニータだが、上空の一点に目を留め、

「――空に見える長方形の箱はなんですか?」
 と、遥か北の空に霞んで見えるバカでかいブロック状の物体を指さした。
「え……?」

 その物体――【ブロック】は空にあって当たり前の代物だから、いちいち意識して探すこともしていなかった俺だが、彼女に言われてこの星のブロックを見上げ、言葉を失う。
 北には灰色をした山脈が見え、さらにそのずっと先に、しかしそれでも巨大に見えるほどの規模で、長方形をしたブロックが霞んで見えている。あまりにデカすぎて空と同化してるというか、逆に目立たなかったりするんだよな。
 なんともSFチックな壮大さを醸し出しているブロックだが、俺が着目したのはその色合い。

 俺たちがいた世界――もとい地球から見えていたブロックの色は黒。だけど、今見えているブロックは赤い色をしている。
「――あれはブロックって言ってな。俺たちがいた地球では『神様がいる場所』だとかって言われてるものだ。紀元前からずっとあるみたいだけど、詳しいことは誰も知らないんだよな」
「ブロック、ですね? 綺麗な赤い色……」
 そう、その色が問題だ。地球は宇宙空間にあって、その宇宙の中心に、件のブロックは位置しているんだが、色は赤くない。
 つまり、あれは地球を内包した宇宙の中心に位置するブロックじゃない。

 別の宇宙のものだ。

 諸説あるが、一つの宇宙には一つのブロックしか存在しないと言われている。
 そして、一つのブロックと結びついた宇宙を【ブロック世界】と呼んでいる。
 これは俄かには信じ難いが、そうした【ブロック世界】は実は環になって繋がっていて、【環状世界】を形成している的な説もあったはず。
 だから俺たちは次元を飛び越えて、全く別の世界――その宇宙に漂う一つの惑星に来たことになる。

 科学者たちはテンション上がり気味に、『世界から別の世界へ移動できる』と言っていた。あえて『地球から別の星へ移動できる』って表現を使わなかったのは、宇宙から別の宇宙、つまり【ブロック世界】から別の【ブロック世界】へ移動できる意味があったからかもしれない。
「ていうかアニータ、君の初期プログラムには、すぐに人間の生活に適用して仕事ができるように、一般常識はぜんぶプログラムされてるはずじゃないのか?」
「はい。そのはずなのですが、どういうわけか、記憶データの一部が欠損してしまったみたいです」
 メモリーに支障を来したのか、記憶の一部が消えたという。記憶に障害が出た俺みたいに。
 これはひょっとすると、世界から世界へと転移した際の障害かもしれないな。


Novels 志稲 祐(しいな ゆう)様 https://twitter.com/fealadyz33

Illustration 大海樹鈴様 https://twitter.com/KirinOomi

Music 柏木巴 https://twitter.com/AngelicEngage



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