雪祭り営業
会場を一周してからステージ横のテントの中に入った。ストーブに当たって主催者にお世辞を言い、少し話してから準備があるからと出てもらった。
「どうする?」
戸田が手をヤカンにかざしながら呟いた。
地方の雪祭りでの営業で15分1ステージ、豪雪地帯だから万が一動けなくなることを考えると先輩たちはスケジュールが取れず自分たちに回ってきた。
駅まで主催者が迎えにきてくれて会場に入ると、そこら中に雪だるまやら雪像やらがある。そして、広場の真ん中には、たくさんのかまくらがあった。こんなにたくさんあるのは見たことがないからテンションが爆上がりになったが、あそこのステージからかまくらの中にいる人に向けて漫才をお願いします、と言われて一気に冷めてしまった。客、見えないじゃん。
「浅羽さんなんて?」
「まだ返事来てない、既読にすらなってない」
戸田が携帯を持つ手はまだ震えている。寒い。
「今日収録付き合うって言ってたな、そういえば」
「ふざけんなよなあ」
戸田が呟いた途端にテントに入り口が開いたので、二人でビクッとした。覗き込んだのは丸坊主のお兄ちゃんだった。
「あの、こちら、楽屋でしょうか?」
「はい。えっと…」
「おはようございます、三遊亭志っとこです」
「あー! 伊藤茂光歯科医院です。お世話になりす」
知っとこさんは案外大荷物だった。
「前に『オール・イン・オール』出てらっしゃいましたよね?」
「え、見てくれてたんですか、嬉しい」
「好きなんです、深夜の番組」
黙っていた戸田が口を開いた。
「会場、見ました?」
志っとこさんは一瞬目を泳がせて「はい」と小さい声で呟いた。それで通じた。
「どうします?」
「うーん、野外ですもんね」
「ええ、まあ、そうですけど」
問題がはそこじゃないだろうと思ったのが出てしまったのか、志っとこさんは下を向いて呟いた。
「…座んないといけないんですよ」
「え、あ、そうか。うわー」
「それに、座布団が無いとおっしゃって、探していただいてるんですけど、無ければ、ゴザの上かも知れません」
志っとこさんは遠くを見つめながらぼそぼそ話す。
「まあ、やるしかないです。では、失礼して」
「あ、着替えですか。衣装で来ないんですね」
「着物汚せなくて。でも、寒くて着替えたくないですね」
「いいんじゃないですか、誰も見てないし」
戸田がニヤニヤしながら言った。
「羽織の代わりをダウンでやろうかな、それじゃ」
igloo/イグルー
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