蘇る桜

「こちらはそろそろ開花しそうなんです」
 案内していただいた部屋の培養ケースには一本の木が収まっていた。
「これは何というか種類の木なんでしょうか?」
「こちらは、サクラ、です」
「サクラ、ですか」
「正確に言えばCerasus × yedoensis、ソメイヨシノ、と呼ばれていたものです」
「これも絶滅したんですか?」
「ええ。こちらについては、このDNA配列を持つ樹木は全て人工絶滅させられています」
 しばしの沈黙の後、木下記者が口を開いた。
「それは、どうしてなんですか」
「この木に付く花が散る姿こそが美しいと考えたわけです。それで、まあ、戦で死に急ぐことの象徴となったわけです」
 そう答える時も村上博士は表情を変えなかったが、声の中には諦めの響きがあった。
「この木も人間の理屈で…」
「ええ」
「では、どうして、今、ここに?」
「まあ、見落としですね」
「そんなことがあるんですか? DNA弾を使った後に?」
「ええ。その後にまだ残っている木を切り倒すことまでしたようなのですが、それは花を目印に行いました。しかし、中途半端にDNA弾が作用して、花は咲かないけれど生き残った木があったわけです。それがたまたま見つかりまして、それで、復元をおこなっているわけなんです」
 枝には赤い蕾がぽつぽつと付いている。絶滅させられようとした木なのだから、どれほど禍々しいかと思っていたが、見た目からは全くそれが感じられなかった。
「でも、怖い感じはしますね」
 村上博士は肩をすくめた。
「まあ、どんなものにも過剰な意味づけがされた時代の残滓ですね」
「今後、花が咲いた場合に、こちらはどうされるんですか?」
「データを取り、その後は決まっていませんが、おそらくは、冷凍処理ですね」
「残すは残すんですね」
「ええ。それは認められていますから」
「しかし、また利用されたとしたら…」
「大丈夫です。民族そのものも絶滅させられてしまいましたから」

hurry/急ぐ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?