浮き立つ心

「あー、あー、だめだ、あー」
 居間に戻ると祖母がまだテレビを見ていた。野球の世界大会に日本が出ていて、負けている。自分が見ているとこのまま負けそうな気がするからもう見ないと言っていたのにチャンネルは変えていない。
「お布団、上げておいたよ」
「ありがとう」
「また冬になる前に来るから、絶対に、下ろしちゃダメだからね。危ないから。わかった?」
「大丈夫よ」
「大丈夫じゃないから言ってるんでしょ」
「そう?」
 祖母は動きの勘が鈍い。体育教師だった祖父とは大違いで、すぐに転んだりぶつけたりする。そのくせ、なんでも自分でやってみないと気が済まないから、庭木の剪定のために脚立に登るし、羽毛布団を2階の押し入れから階下に持ってくる。案の定、階段から落ちたが、羽毛布団のおかげで助かった。しかし、腰を抜かして、毎夕に安全確認のために実家にするワン切りをしなかったから、母が救急車を呼んで、搬送された。
 それで懲りるということのない人だから、困る。幸い、私の方が今は近くに、と言っても電車で1時間半はかかるのだが、住んでいるから、季節の変わり目には行くようにしている。
「今、どうなってるの?」
「負けてる、満塁なのに、打たなかった」
「ふうん」
「おじいちゃんはよく球場に行ってたんだけどね」
「そうなんだ」
「好きでもないのに、付き合いで」
「へー」
 相手の選手が三振で倒れた。
「はー、やっと」
「すごいね」
「次はダメかも」
 こういう、向こう見ずなのに悲観的というのに母は耐えられなくて、直接会おうとはしない。私は孫だから、たまにこうやって過ごすくらいならいい。ずっとならどんな気持ちがするだろう。
「じゃあ、帰るね」
「送ってくよ」
「いいから。駅まで歩くから」
「電車なんかないでしょう」
「時間見たから、大丈夫」
「いいいい、送って行くから」
「私は電車に乗りたいの」
「そう? じゃあ…」
 そう言って、ポチ袋を出してきた。
「いいから、そんな」
「これで帰りなさい」
「いいよ、あるよ」
「いいから」
「いいって」
 そう言って受け取った。
「じゃあ、またね」
「またね」
 早足で駅に向かう。私、いつもああ言ってお金もらってるな。急に、足が重たくなった。畦道からぶくぶくと田んぼに沈んでいってしまいそうな気がする。でも、本当は、返しに行く気も、母に送る気もない。自分の感傷で気にしているふりをしているだけだ。特急に乗らないで、浮かして帰ろう。

duvet/羽毛布団

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