屋上の青春

 現代人はその心理に抑圧を感じる場所で怪異を見るのだという。小学校のトイレ、まばらに明かりのついたトンネル、山奥の廃病院、事故や災害の跡。現代人として感じる抑圧はある程度共通しているから、感じ見る怪異もそれに応じて共通している。しかし、本来、自分と同じ人間が一人もいないように、人が感じ見る怪異にはそれぞれどこかしら違ったところがあるだそうである。
 これはとある大学生から聞いた話である。

 彼は中高一貫の男子校に通い、苦労して大学に入った。管理された6年間を過ごした彼は彼の青春を奪われたと感じていた。大学に入った以上はそれを取り戻すつもりであった。
 それは女の子と遊ぶからバイトをするまで、ほとんどが他愛もないことであった。そのような中で彼が特に好んだのは、学部棟の屋上で講義をサボってダラダラと過ごすことであった。ここに来る人はほとんどいなかった。ぼんやりと空を眺める余裕を彼は喜んだ。

「でも、あそこ、幽霊が出るでしょう?」
 友達の部屋でそんな話を聞いたのは入学して半年ばかり後のことだった。単位が足りず、屋上から飛び降りて自殺した人の霊が仲間を求めてうろつくというのである。
「見たことないけど」
「そりゃ、出るのは夜なんじゃない」
「夜は鍵がかかってて入れないんだよ」
 それじゃあ、夜中にドローンで見てみようじゃない、という話になった。彼は躊躇したが、友達に引きずられて夜の構内に忍び込んだ。

 空を低い雲が覆う夏の夜だった。ブーン、と低い音を立ててドローンが登って行った。
「何か映ってる?」
「いや、何も」
「だよね。じゃあ、カメラ、ナイトモードにするよ」
 物の輪郭がパッと画面に飛び込んできた。しばらく色々なところを飛び回るうちに、友達が小さな声で叫んだ。
「人がいるよ」
 画面の隅が人の形に赤くなっている。
「人じゃん」
「幽霊には体温が無いから映らなさそうだよね。でも、何してるんだろう」
 そう言った友達がカメラを寄せていくと、あっと小さく叫んで、震え出した。
「笑ってない?」
 画面に映る人の形の顔の部分が確かに笑っていた。それも、カメラをまっすぐに見据えている。
「やばいやばいやばいやばい」
 友達は取り乱し、操作を間違え、ドローンは人の形にまっすぐ向かっていった。画面いっぱいに笑顔が映り、そして、消えた。
 腰を抜かして立てなくなって友達を尻目に、彼は、物の入り口に向かって歩き始めた。
「どこ行くの?」
「楽しそうじゃん」
「ダメだよ、行っちゃ」
 彼はそれを聞かずに扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。と、彼は扉を力一杯叩き始めた。
「開けろ! 開けろよ、おら! ふざけんな! 開けろ!」

「それからは?」
「わかんないです。ほんと怖くなったから、走って逃げて…」
「映像は残ってないの?」
「まさか。ドローンも取りに行ってないです」
 そう言った大学生の目は嘘をついていたが、私はそれ以上の追求はしなかった。

aglow/赤く光る

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