どうしましたか? こっちに来るんですか?

 アフガンハウンドという名前だからさぞかし俊敏で筋肉質な犬だろうと思って、リッキーという名前まで用意して待っていたのに、もらって育ててみると、さらさらの毛の大きな犬になった。
 夜勤明けで帰宅した時間が朝の散歩の時間だから、リッキーはもう起きて待っている。それにも関わらず、俺がリードを付けるまではぼんやりしているし、付けたらびっくりする。
 そんなではあるが、俺がわざと寝るフリをすると、リードを咥えて持って来る。なのに、付けるとびっくりする。
 一度、寝るフリをしたらほんとに寝てしまった。はっと目を覚ますとリッキーも寝ている。慌てて起こすと「どうしましたか?」みたいな目で見てきた。
 この、「どうしましたか?」の目をよくする。公園でボールを投げると「どうしましたか? ぼくが探すんですか?」の目をして動かない。
 他の犬にもその目をする。「どうしましたか? ぼくを嗅ぐんですか?」。およそ犬らしいところがない。
 そういう時に「おい、リッキー、もうちょっと頑張れよ」と言うが、効いた試しがない。
「犬は家族の中では自分は下から2番目だって思うんだって」と妻が言うから「じゃあ、俺が1番下ってこと?」と言うと返事をせずにリッキーを撫でた。俺が1番リッキーに構っているのにそれはないぜ、と思ったが、妻にもリッキーは「どうしましたか?」の目をして、撫でがいが無い、と言われていた。
「あんたもそういう目をするよね」
「俺が?」
「絶対あんたから学んだんだよ」
 リッキーは15年生きて死んだ。死んだ時に俺は泣かなかった。ただ、リッキーがいた場所は今でも空いたままで、何をしても埋まりはしない。

 辺りがぼんやりしている。こういう暗さは経験したことがない。
 ああ、やっぱり、と思った。
 目の前で何かふわふわしたものが集まって形になった。レッキーだ。お迎えだろう。ここまで来てくれたのか、ありがとう。そっちに行こう。
 ところが…あの目だ。どうしましたか? の目。思わず声が出た。
「おおい、レッキー、もうちょっと頑張れよ!」

 次に見えたのは天井、チューブ、怯えた人の顔。
「びっくりさせないでください」
 何か言おうと思ったが声が出ない。なんとか喋ろうとすると肩を押さえつけられた。
「動かないで、もう大丈夫ですから」
 妻が泣いている。
「あんた、リッキーの名前を呼んでたわよ」
 そうか、リッキーが…。
「ねえ、その目はやめて」

hound/ハウンド

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