ラットレース④

 ようやく岸に上がった時には思ったより人がいた。陸上のクルーたちと抱き合って喜んだのも束の間、記者たちに取り囲まれた。おめでとうございます、今はどんな気持ちですか、それを誰に伝えたいですか、今後の予定は。同じ質問の繰り返し。喜ぶ暇もない。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 質問を聞き流しながら答える。そうですね、はい、はい、ありがとうございます。
「途中、ネズミの話をされていたそうですね」
 時が止まった。しまった、聞かれていた。
「はあ」
「それは何か理由がありますか?」
「そうですね…その…まじないですね」
「まじない?」
「ネズミの話をしてると沈まないという、ジンクスというか、そういうのです」
「しかし、だいぶ罵られていたと」
「相手はネズミですからね」
「すいません、今から検査なので」
 陸上クルーが遮ってくれた。車の椅子に座り込んだ途端に意識がなくなってしまった。

 目が覚めると白い天井で、腕には点滴が刺さっていた。
「起きなくていい。いや、起きた方がいいか。2日間寝続けてたぞ」
 陸上クルーのチーフがからからと笑った。
「すまないな…」
「いやいや、謝ることなど一つもない。お疲れさま。よくやった。みんな大喜びだ」
「それなら良かった」
「思ったより痩せていたからな」
 チーフは一瞬間を置いてまた口を開いた。
「ええと…お前、何かペットは飼ってたか?」
「いや? 長く出るから、生き物は飼わない様にしてる」
「そうだよな」
 また間があった。
「ネズミの話なんだが…」
「ああ、許してくれ。完全に気の迷いだ。あんなに自分が弱いとは思わなかった。見えないものを見るというのは本当にあるんだな。メンタルテストを侮っていたよ。これからはそういう自分の弱さとも向き合うよ。だから、また、行きたい。頼む」
「いや、それはいいんだが…。その…貯蔵庫にネズミの糞があってな。しかし、どこに行ったんだろうな…」

ditto/同上

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