ソクラテスと人形劇
「では、グラウコン、我々が作り上げようとしているこの国からまず最初に追放されねばならぬ音楽・文芸は何だろうか。」
「想像がつきません。」
「では僕が言ってみようか。それは人形劇なのだ。」
「なんたる言葉があなたの歯垣を漏れたことでしょう、ソクラテス。あなたはあなたがかの喜劇詩人によって「天空のことを思弁し、地下のものすべてを探り出して、弱論を強弁するのだ」と言われたことをお忘れですか。あれを見ていた私たちはみな怒りのために顔が赤らむほどでしたが、またそれに喝采を送るものたちがいたことも腹立たしい限りでした。それを、あのような、女子供の慰みに過ぎないものと比べるとはどういうことなのでしょう?」
「いや、親愛なるグラウコン、君ほどに純粋な魂の持ち主はいないと見えるね。君は人形劇を見たことがあるかね?」
「ええ、何度も。」
「思い出してみたまえ。人形劇はどのようなところでやっていたかね?」
「アテナイから市を出てペイライエウスに向かう道筋です。」
「そこで、どのような時にやっていたかね?」
「さあ、よくは覚えていませんが、私が通りかかるごとにやっていたはずです。」
「その通りで、人形劇は、毎日、人が来れば何度でも、やっているのだ。それに比べて、心ならずも僕が登場した喜劇はディオニュシア祭で一度上演されたきりだし、こんなことを言ってはアリストファネスに申し訳ないがー何せ彼は僕の友達だからねー、3等だったのだ。そこで、グラウコン、考えてみてほしいのだが、ある人を攻めるときに、大きい石を一度きりぶつけるのと、小さな石を根気よく何度でもぶつけるのと、どちらの方がその人を倒すにふさわしい方法だろうか?」
「それは何度でもぶつける方に違いありません。」
「人形劇も同じなのだ。悲劇や喜劇は一度切りしか上演されない。しかし、人形劇は何度でも上演することによって、見る人の心に深く入り込むのだ。それが若者たちが聞くにふさわしいことならいいのだが。そこでグラウコン、君が見た人形劇はどのような内容だったかね?」
「いろいろなものがありましたが、昔話が多かったようです。」
「その通りだ。人間が演じる演劇と同じように、神々や英雄が出てくるのだが、僕が見た人形劇では、かの偉大な詩人までが登場していたのだ。ところが、ホメロスがムーサに祈願しいざ歌おうとすると、当のムーサが現れて、口上が長過ぎると文句を言い、詩人を打擲して追い出してしまうのだ。これが女神にとっても、詩人にとってもふさわしい行いと言えるだろうか?」
「到底言うことができません。」
「ホメロスがわれわれに語った物語についてはよく語られている言葉、そして聞くにふさわしくない言葉が入り混じっているけれども、女神はホメロスを打擲するのではなく、正しい歌に導かなければならないのだ。僕はその場面を見て顔を背けてしまったけれど、そこにいた観客は一斉に笑い転げたのだ。そこには年端もいかない子供たちから「分別を備えた」老人までがいたが、誰もが喝采を送っていた。これが望ましい光景と言えるかね?」
「話を聞いているだけで顔が赤らんで来ました。」
「また、馬から牛から蛙に蜂といったものたちが神々とあたかも対等のものであるかのように話すなんてことはありえないね?」
「決してそのようなことはないと断言しましょう。」
「ところが、人形劇ではそれが起こるのだ。私たちの国の守護者となるべき若者たちがそれを見て守るべき順序や秩序を学べると思うかね?」
「とても学ぶことはできないでしょう。」
「他にも厄介なのは、僕たちが人形劇師を捕まえて、今のような物語ではなくふさわしい物語をするように言うと、人形劇師は「今のは人形がやったことですから」と言うのだ。ならばと試みに人形を説得しようとすると、「これは布や木や綿や小石でできた単なる物なのです」と言うのだ。」
「そのような強弁が許されるべきでしょうか?」
「そして、親愛なるグラウコン、より厄介なのは、その布や木や綿や小石でできたものを、あたかも命を持っているかのように人形劇師は操り、人や神々や動物たちを「真似」して、そしてそれを見ている人も人形が命を持っているかのように感じるのだ。そして、君は女子供の慰みと言ったけれど、人形劇師というのは大人がどのように観客を喜ばせられるか日夜考え、そして人形を操っているのだ。だから、その「真似」は、さっきも僕が言ったように、あらゆる人をして信じさせることができてしまうのだ。これほど危険なことが他にあるか、君は考えられるかい?」
「ソクラテス、あなたがまず人形劇を私たちの国から追放しなければならないと、おっしゃっている理由がわかりました。」
「だから、僕たちは人形劇師たちを監督して、優れた品性の似姿を作品の中に作り込むようにさせ、それを守ることのできないものは、僕たちのところでそうした制作の仕事をすることを許さないようにするべきなのではないかね? 犬に誓って言うけれども、国の守護者となるべき若者たちは、彼らにふさわしいもの、すなわち勇気ある人々、節度ある人々、敬虔な人々、自由精神の人々、そしてすべてこのような性格のものをこそ、早く子供のときから真似すべきであって、神々と蛙とがお互いをぶったり叩いたり一緒に踊り狂ったりするものではないのだ。子供のうちから、知らず知らずのうちに、美しい言葉に似た人間、美しい言葉を愛好しそれと調和するような人間に導くためにね…あいたたた、何をするのだ。」
「いたたたた。ソクラテス、これは敵いません、逃げましょう。」
「あっはっはっはっは。みなさま、失礼いたしました。罷り出でたる私こそ、ムーサでございます。みなさまとお会いする前に、これより賢いものはいないというソクラテスに人形劇を讃えるようにこちらへ遣わしたのですが、まあ随分長々と喋ることではありませんか。もう十分に役目を果たしてくれましたから、今から早速お楽しみのトロイアの物語をお届けしましょう。さあ、ホメロス、出ておいで。そして、皆に物語を語っておあげ。」
「怒りを歌え女神よ、ペーレウスの子、アキレウスの怒りを…。あいたたた、何をするのだ。これは敵わん、逃げよう。」
「あっはっはっはっは。また罷り出でましたが、何しろ長くなりそうだから帰らせました。こんなところから語っていたのではいくら日があっても足りません。それでは、みなさまお待ちかねの、パトロクロスの死のところから、人形劇をお見せいたしましょう。拍手拍手!」
ionic/イオニア風の
引用文献:プラトン『ソクラテスの弁明』(納富信留訳・光文社)、プラトン『国家(上)』(藤沢令夫訳・岩波書店)、ホメロス『イリアス(上)』(松平千秋訳・岩波書店)
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