夏の思い出③

 今日が最後の日だということは考えたくなかった。
「明日からは…?」
「明日からは助っ人頼んであるから」
 奥から熊のようなおじさんが出てきた。
「杉岡くん? 初めまして。曽根です」
 ああ、そうか。そうだよな。

「…だから、なんか、話しづらくて」
「そうなんだ…」
「どう思う?」
「そうだね。ツッコミどころがたくさんあるけど、なんか、すごい、昭和っぽい。それで、全然信じられない」
 たっちゃんは明らかに狼狽えた顔をした。
「どうしてそんなこと…」
「そもそも、なんで、私にこの話した?」
「…文学部だから、こういう時、どうしたらいいか知ってるかと思って」
「文学部はそういう目に遭わないよ」
「そうなの?」
「いや、それは言い過ぎだけれど…。ほんとなの? まず、車持ってるの?」
「まさか、親の車だよ」
「あ、そりゃそうか。お店の名前は?」
「テネシーワルツ」
「まさか」
「…信じてもらえないとは思わなかった」
 たっちゃんの感情を読むのは難しい。本当にショックを受けているのか。いや、でも、ここで別に嘘つく必要はないけれど、別に私とたっちゃんはこんな話をするほどの仲でもないし、いや、だからこそ?
「で、どうしたいの?」
「え?」
「あ、ごめん。この先にどうしたいか、みたいな相談じゃなく?」
「ああ、この先、この先…この先は、ないよ」
「まあ、そうか…」
 夏休み明けの部室でそんな話になると思ってなかったから、すっかりそちらに頭が行ってしまった。
「お母さんの写真ないの?」と言って、しまった、と思った。たっちゃんは黙ってスマホを出してすぐに写真を見せてくれた。レストランの前で、たっちゃんと香織さんとそしてお母さんが写っている。たっちゃんの目に生気がない。
「曽根さんが撮ってくれた」
 お母さんの目は安心しきっている。
「仕方ないね」
「うん」
「…その、私には何もできない。なんか、こういう時、こういうの読めばいいよとか、言えればいいんだけど、今、全然思いつかないや」
「あ!」
「何?」
「LINE来た」
 すごい、ちょっと信じられない。そして、さっきまで仕方ないと言っていた人の目ではない。大変だ。
「なんだって?」
「香織も東京行って寂しいって」
「ブロックした方がいいよ、もはや」
 きっと下唇を噛んで、たっちゃんはうなづいた。
「いや、ごめん、違う、やっぱ、ごめん。そんなこと私が言っちゃいけない」
「うん、大丈夫」
「私、図書館行くね」
「わかった。サンキュ」

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