新人の洗礼

「なあ、お前、吐いた?」
「吐いたわ」
「よう、こいつで吐いてんだから、新人、覚悟しろよ」
 と言うか、お前の臭いで吐きそうだわ。
「気をつけます」
「これな、渡しておくから」
 コンビニの袋を渡された。ありがたい。
「まだ?」
「まだです」
「まあ、急ぐことはないわな」
 いや、急いでほしい。今すぐ吐きたい。
 昨日は本庁での勤務が終わってから合コンに行った。コロナ明けでようやく大手を振って人前で飲めるから、マジで飲み、もう少しで拳銃を見せてほしいと言うのを見せるところだった。見せなかったのは、飲み過ぎて、ホテルに行っても勃たないというのが本能的に分かったので、女子たちを喜ばせる必要はないと思ったからだ。
 朝まで飲んだところで緊急の呼び出しをくらった。向かうタクシーで死ぬほど気持ち悪くなってしまい、コンビニのトイレに行ったけど吐けなくて、とりあえず酒の臭いを消すためのガムを買って現場に入った。とにかく、バレないようにしなきゃいけない。臭いはまだいいが、関係ないところで吐いたらどうなるかわからない。今回は合法的に吐けるからマジでありがたい。

「さあ、ご対面だ」
 サッとめくられた下から出てきたのは3日前に殺された男の死骸で、目を見開き、口の端には血がこびりついていた。やばいのは頭で、殴られた後が凹んでいた。
「うっ」と誰かが言うのが聞こえた。しばしの静寂があって、また布の下に男は隠された。
「よく耐えたな、新人」
「はあ」
 案外大丈夫だった。大丈夫じゃない、ゲロがショックで引っ込んでしまった感じだ。やばい、どうにかしないと。
 というか、急に眠くなってきた。やばい、緊張の糸が切れた気がする。これは…。
「おい、おい、大丈夫か!」という声が遠くに聞こえた。

気がつくと、別の部屋で寝ていた。
「まさか気絶するとはな」
「へ、えへへ」
「あと、お前、寝ゲロでたこわさ吐いたぞ。気をつけろ」
「へ、えへへ」

acrid/嫌な、不快な

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