蜂蜜は恋の味、あるいは吊り橋効果的な

「ああぅ、そこ、画鋲が落ちてます」
「あ! ありがとうございます」
 大きな声で言われて心臓がドキドキして顔を見て恋に落ちて結婚してしまった。
 こういうのが吊り橋効果だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「ああぅ、今渡ったら轢かれるぞ」と注意された猫が居着いているし、「ああぅ、その蜜柑は酸っぱいよ」と脅されたカラスは毎日何かしら持って来る。
 つまり、人に恋をさせる能力があるのかも知れない。
 私がそれに引っ掛かっておいてなんだが、それを無闇に発揮されると困る。そして夫は矢鱈と人やら動物やらに注意を与える方である。やめなさいと言っても聞かない。曰く、今までそうやって注意して人に好かれたのはあなたくらいだし、それまではむしろ引かれていた。あなたが私のことを好きになったと知った時はむしろこちらが引いた。自分が引くくらいだから周りの人はもっと引いているはずで、だから、大丈夫だ。
「それって、悪口だよね?」
「え? どうして?」

 藤を見に植物園に行った。
「ああぅ、蜂が」
「やめてよ!」と言いながら心臓がドキドキしている。悔しい。
 園から出ると蜂がついてくる。
「だから言ったじゃない!」
 次の日の朝、玄関にわっと蜂がいた。
「どうするの、これ」
 夫は警察に電話すると、警官ではなく養蜂家が来て蜂を巣箱に入れて持って行った。
 ところが、次の日の朝も蜂は玄関にいる。
「ここから動かなさそうですね」
「どうしたら?」
「巣箱を置いておきましょう。ここが気に入ったみたいですし」
 猫もカラスも私も最初は警戒していたが、蜂は別に危害を加えるでもなく、ぶんぶん飛び回り、しばらくすると養蜂家がまた来て巣箱を開けると、いっぱいに蜂蜜ができていた。
「舐めてみます?」
 と言われたから口を付けてみると、食べたことのない甘さがあった。
「ああ、美味しいですね」と夫は平気な顔で言うが、私は心臓がドキドキして、悔しかった。

thump/殴る音、ドキドキする音

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