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『きいろいゾウ』のこと

 私は基本的に、同じ本(特に小説)を繰り返し読まない。それよりも、まだ読めていない本を読むことを選んでしまうからだ。
 でも西加奈子の『きいろいゾウ』は三度読んだ。一度目と二度目はいつだったか正確には思い出せないけれど、いずれにしても20歳になる前だったと思う。そして二度目を読み終えた私は、「もしいつか、ある状況(どういう状況かは秘密)に置かれるようなことがあれば、そのときはまた、この小説を読もう」と思った。そしてその時がやってきて、つい先日、三度目を読んだ。
 一度目、二度目を読んだ当時より、ずいぶんと月日が経ち、その分少しは大人にもなり、小説の中の色々がもっとずっとわかるようになった。あの時の自分がどんな風にこの作品を読んでいたか、もうはっきりとは思い出せないけれど、とにかく大好きな作品で、三度目を読んで今もその気持ちが変わっていないことを嬉しく思った。

 『きいろいゾウ』が、私にとって大切な本であるのは、内容に思い入れがあるから、という理由だけではない。実は、この本には著者のサインが入っている。もともとサイン会の予定のないイベント終わりに、本人にお願いして書いてもらったのだ(今となっては電源の入らない携帯電話で一緒に写真まで撮ってもらった…!懐かしい…)。そのときは憧れの人にサインをもらうというのがはじめてのことで、とにかくどぎまぎして、でも、「わあ、西さんの字だ!」と感動したことを覚えている。

 そしてこの作品は、2013年に映画化もされている。文庫の帯に「いつか、この小説の『ツマ』役を演じてみたいです」と書いた宮﨑あおいが「ツマ」を、向井理が「ムコさん」を演じている。やはり小説の密度にはかなわないと思いつつも、記憶に残る映画にはなった。一人で映画館で映画を観て、その足で大戸屋へ行って原作に思いを馳せながらコラボメニューを食べたのは良い思い出。

 しかし映画を観たあとでは、小説を読むときにどうしたってそれぞれの登場人物が役者の顔で浮かんでしまう。はじめて『きいろいゾウ』を読んだとき、私はツマやムコさんをどんな姿で想像していたのだろうか。

 三度目の『きいろいゾウ』を読み終えて、「大丈夫、このままゆけ!」と背中をぽん、と押された気持ちになり、読むきっかけをくれた過去の自分と、その約束を覚えていた今の自分に感謝した。
 今までも、これからも私にとって宝物のような作品。いつかまた読む日まで、本棚で眠っていて。

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